技術が進化している過渡期ってのは、少々無様に映るときがある。携帯電話なんてものも、世に出てすぐの頃はサイズも巨大で、よいしょと担ぎながら電話をするスタイルを、今では揶揄されたりもする。

ノートパソコンなどの類も同様。今でこそスタイリッシュな形状をしているが、ひと昔前までは、ボテンとドでかい弁当箱みたいで、重いは場所を取るわ。挙げ句に動作もモタモタしていて、何かしら動作をするたびに、画面上に砂時計のアイコンが表示され、動作が完遂するまでの間、ひたすらに待たされる。

とかく、過渡期には、無様な様相を呈するということ。

で、常々、常に過渡期でいらっしゃるなぁと感じるのが、目元に装着するデバイス。これだけは、いつまで経ってもスタイリッシュになりやがらねぇ。

思い返してみると、幼き頃の映画館。3D上映みたいなものが颯爽と登場した頃。キッズが愛好するアニメの映画上映を3Dでやっちゃいましょうという企画。そりゃ子ども心に、ウキウキするよね。ワクワクするよね。

しかしだ、いざ映画館に着いてみるとそこには、青と赤のフィルムが貼られた、おもちゃのようなメガネが。これを装着して映画を観ろだ? まぁ、ええわい。それで飛び出す映像が堪能できるなら構わんと、おもちゃのようなメガネを掴み館内に。するとだ、そこには、青と赤のフィルムが貼られたおもちゃのようなメガネを堂々と着用し、スクリーンに熱い視線を投げかける大勢の子どもたち、大人たちの姿。

その光景があまりにも滑稽過ぎて、吹き出してしまった。とても阿呆な光景に見えてしまったのである。中にはその拍子抜けした風情でポップコーンを頬張る紳士や淑女の姿まで。いかんいかん、映像がどれだけ飛び出そうが、周りの人間たちが気になって気になって、作品どころではない。到底、没入どころではない。ぐふふ。今にも笑い転げてしまいそうだ。ぐふふ。

飛び出す映像が来場者を興奮の渦に巻く大型テーマパークの館内でも、未だにメガネをかけさせられるらしいし、さすがに幼き頃の映画館で用意されていたような、安っぽいメガネじゃなくなっているにせよ、とにかく、大勢の人間が集い、皆が皆、同一のメガネを着用しているという光景が、我慢ならんのです。今にも笑い転げてしまいそうになるのです。

で、目元に装着するデバイスの進化に着目してみると、VRの存在は外せないでしょう。ぐふふ。ぐふふふふふ。幼き頃の映画館で着用したメガネは、さすがにチープ過ぎて笑いが止まらんかったけれど、VRはVRで逆に機械っぽすぎて威圧感がすごい。一同集った皆さま方がVRゴーグルを装着している様子は、イカつ過ぎて、これまた笑ってしまいそうになる。

そんな折、VRの世界を体験できる機会に恵まれ、人生で初めて、あのイカつい機械を装着することに。しっかし、無類の近視の性質を持ち合わせた僕は、自身のメガネを手放すことはできない。ひと度、メガネを外してしまうと、まるで水中にいるかの如く、視界が幻想的になってしまうんだもの。ということで、「これって、メガネしたままで装着できるんですか?」と確認。

「いやぁ、コンタクトを推奨させてもらっていますね。メガネが破損してしまう原因にもなりますし」と言われたものの、都合よくコンタクトなど持ち合わせておらず。意を決してメガネの上から、ゴーグルを装着してみることに。

ん? なんも見えんよ?

もちろん、僕ひとりでVRを体験しているわけじゃあない。複数の人たちが集い、一斉に体験しているもんだから、自分ひとりが場をかき乱すことなどできない。が、しかし、なんも見えんよ?

皆さんの準備が整ったのか、映像が開始されることがアナウンスされる。伝えていないので伝わっていないかもしれないが、僕はまだ準備が整っていない。準備どころか、なんも見えない。直後、おそらく映像が開始されたのだろう。皆、一様に歓喜の声。しかし、依然、なんも見えない。

こういう不測の事態もあろうかと、「仮にド近視の人間がメガネを外し、裸眼で見たとしても、映像って見えるのでしょうか?」と事前にスタッフさんに問うていた俺。ぐふふ。やむを得ない。なんも見えないまま、VR体験を終わらせるわけにはいかない。15分程度しかない体験の機会。一秒もムダにはできない。

実際にゴーグルを装着してみたところ、瞳から十数センチ離れた位置にレンズがある。その程度なら、ド近視の俺でも、裸眼で物体を捉えることは可能だ。たまに目が疲れたときなんか、メガネを外して本を読んだりしていることから、それは立証されている。この距離なら仕留められる。

意を決した俺は、頬骨あたりに密着しているゴーグルの接着面を強引に浮かせ、命の次に大切なメガネを引っ剥がし、放り投げた。よっしゃ、来いや。VRよ、俺が裸眼で相手してやる。

ん? 余計になんも見えんよ?

視界は完全に水中と化した。詰んだ。もはや、なんも見えんよ。どうしよう。どうしよう。

焦った俺は、放り投げたメガネをゴソゴソと手探りで探し出した。ええい。こうなったら、再びゴーグルを浮かせ、わずかに生じた隙間からメガネを装着するしかない。俗に言うところの、おかえりなさいメガネをするしかない。

転がっていたメガネを強引に掴むとき、ベタベタとメガネのレンズを指先でつまんでしまった。皮脂が弄ぶ指紋の付着が視界を妨げるのではないかと一抹の不安を覚えたが、そうも言っていられない。もう、体験の時間が終わってしまう。急がねば。

俺は浮かせたゴーグルの隙間からメガネを押し込んだ。ここで、またしてもアクシデントが。

VRゴーグルは、多くの利用者が使い回すことから、利用者の顔面とゴーグルが直接触れないよう、目を覆うような布切れみたいなものを着用する。汚れ防止マスクと呼ばれるペランペランの簡易メガネのようなものだ。要するに、俺の肌、汚れ防止マスク、そしてゴーグルという層になっている。そうすることでゴーグルが汚れず、他の利用者も清潔に使用できる、というもの。

俺は焦りから汚れ防止マスクの存在をすっかり忘れ、強引にメガネをねじ入れてしまったため、ゴーグル内で防止マスクがクシャクシャに捻じれ、物理的に俺の瞳を覆ってしまった。

ん? 完全になんも見えんよ?

俺の焦りはピークに達した。なんせ、間もなく映像が終了してしまう。まだ、VRらしい映像を何ひとつ見られていない。こんなアホなことがあるかいな。

俺はこの対決に決着をつけるべく、ゴーグルを可動域ギリギリまで浮かせ、頬骨とゴーグルの間に生じた隙間に指を突っ込み、まずは防止マスクの位置を正した。そして、強引に自身のメガネの位置も正し、即座にゴーグルを元の位置に戻した。

勝った。完全に勝った。決着は着いた。
ん? なんも見えんよ?

事態は最悪な状況に。なんと、開始から現在まで死闘を繰り広げた結果、俺の顔面とゴーグルの間の密閉空間には、信じられないほどの湿度が蔓延っていたのだ。そのため、自身のメガネを装着しゴーグルを再びセットした瞬間に、メガネのレンズが完璧に曇ってしまったのだ。レンズ一面が曇っているため、もはや視界はゼロだ。どう瞳を動かしてみても、なんも見えんよ。

無情にもVRの体験は終了した。非情な絶望感と異常な疲れだけが残った。地面に付いてしまうのではと思うほど深く肩を落としながら、ゴーグルを外し憎きメガネの曇りを確認しようとしたところ、湿度から解放された僕のメガネは、曇りから水滴へとその姿を変え、ワイパーを作動させずに雨中を走った車のフロントガラスのようにビチャビチャになっていた。水滴の中には、僕の涙も混じっていたかもしれない。

そして、ゴーグルと僕の顔面が密着している上辺部分には、自身の前髪が挟まっていたのかしらん。壮絶なプレッシャーとあまりにも高すぎるゴーグル内の湿度にやられ、髪の毛がビチャビチャに。大量の冷や汗を流していたらしく、顔面も汗でビチャビチャに。
周りの人間が僕のことを見たら、「あれ? 最近のVRって、水とか噴射されたりすんの? けっこう日本の技術ってすごいよね」などと、誤った技術の進化をお伝えしてしまうやもしれない。

皆々様一同がゴーグルを装着し、映像に没頭する光景を可笑しがっていた僕は、完全にしっぺ返しを喰らってしまった。一同がゴーグルを装着している様子なんかよりも、一同がゴーグルを装着し、VRの映像を満喫している最中、ひとりだけ焦りに焦り、何度もゴーグルを浮かせては、メガネを外したり再び装着したり、最終的にはゴーグル内に湿度を溜め込んで視界を奪われジタバタしている人間のほうが、よっぽど滑稽で無様だ。きっと、スタッフさんは僕だけを見て、嘲り笑っていたに違いない。こいつ、何してやがんだ、と。こいつ、希代の阿呆か、と。

そして、今、僕はこう思っている。僕はまだ、VRというものを体験したことがない。技術の進化の過渡期である今、それに触れてみたい。その熱き情熱は、僕の胸から飛び出さんばかりだ。もし、次に体験できる機会があれば、ぜひとも仮想世界に酔いしれてみたい。もちろん、コンタクトレンズ持参で。

デタラメだもの。

20190317