並ぶ、という行為の威圧感に異を唱えたい団体代表を務めて久しい。元来の気の弱さが邪魔をして、特に券売機と対峙した際、その威圧感に飲み込まれてしまう。

例えば美味で有名なラーメン屋。愛好しているがゆえ、お昼時によく足を運ぶ。オーソドックスな横浜家系のラーメン屋。その店の定番ラーメンは、既に幾度となく食している。が、その店舗、店前に看板を出し、その他のジャンルのラーメンやら、いかにも美味しそうな添え品やらが宣伝されている。

定番ラーメンの美味さは既に知っているがために、その他のジャンルにも手を出したいし、腹ペコリンの折りには添え品にも手を出したくなる。しかし、ここで問題だ。その店舗、店前の券売機で希望商品の食券を買わせてから入店させるという制度を導入しているのだが、解せぬことに、僕が券売機の前に立ち、数多のボタンを眺めた刹那、必ず他の客が僕の後ろに並ぶ。人気店だから仕方がないのは承知のうえだが、必ずといっていいほど、並ぶ。

元来の気の弱さを持ち合わせた僕は、後ろに客が並ぶことで平常心をかき乱されてしまう。僕が商品選定をモタついた暁には、そいつが腹ペコリンに耐えられなくなり、僕に何らかの暴言を吐くかもしれない。もしかすると、僕が商品選定をモタついた暁には、腹ペコリンの後ろの客の、そのまた後ろに、新参者の腹ペコリンの客が立ち並び、行列の様相を呈するかもしれない。

この世がスムーズに進行するためには、僕がさっさと商品選定を済ませ、一目散に店内へと姿を消すほか、ない。

この威圧感、重圧には大敗以外の経験がない。だから、幾度となく足を運ぶラーメン屋において、僕は今なお、定番ラーメン以外の商品を選定できたことがない。店前の看板の美味しそうな他ジャンルのラーメンやら添え品を渇望しているにも関わらず、それをオーダーできたためしがない。それは完全に、後ろに立ち並ぶ客の「早よせぇや、こちとら腹ペコリンで参上しとるねん、一秒でも早う商品選定せぇや!」の無言の圧力に大敗した結果、押し慣れた定番ラーメンの発券ボタンしか押せないためだ。

だって、他のジャンルのラーメンや添え品の発券ボタンが券売機の中に乱立するボタン類のどこに位置するかを発見するためには、かなりの時間が必要になる。そんな芸当を瞬間的にやってのけろ、というほうが無理難題だ。後ろに立ち並ぶ野郎も、僕の視線が券売機のボタン類を右往左往しているのを知った暁には、恐らくだが僕のことを暴行してくるに違いない。たかだかラーメンを食べに訪れただけなのに、暴行されてしまってはたまったもんじゃない。

そうやっていつも、諦め、定番ラーメンのボタンを押す。

ここでひとこと、言ってやりたいわけだ。それは、「俺のほうが先客だぜ」ということ。俺のほうが先に店に到着しているにも関わらず、俺のほうが不利な仕打ちを受けるとは何ぞや。なんだって先に到着したほうが良き目を見られるのは世の常じゃねぇのか。オールスタンディングのライブハウスだって、箱に先着したほうが先に箱に入れるし、ステージ前の良きポジションを確保できる。先客有利の理論だ。

にも関わらず、ラーメン屋の店前では、先客である僕が、常に不利な状況を強いられる。そりゃ後ろの野郎は、じっくり選ぶだろうよ。他ジャンルのラーメンや添え品をネチネチと選ぶだろうよ。そのラーメン屋の商品ラインアップを、心行くまで堪能するだろうよ。定番ラーメンしかオーダーしたことのない弱者の俺を尻目にな……。

元来の気の弱さに悔しさを噛み締めつつ生きていると、さらにエスカレートした事態にまで発展することがある。つい先日、奇しくも別のラーメン屋でそれは起こった。こちらは店内に設置された券売機前での出来事だ。

その店の券売機は一風変わっていて、デジタル方式。画面上のボタンを巧みにタップし、希望の商品を選定するタイプの券売機だ。

まず、使い方に慣れていない券売機という点、そして、複数提供されているジャンルのラーメンを検討するのに、操作画面上に設置されたタブをタップし、ジャンルを切り替えながら検討していくという、デジタルリテラシーを要する選定方式を用いた券売機だという点、それらが僕を地獄のどん底に突き落とした。

操作方法がわからずアタフタしていると、あろうことか、後発の客が入店しやがった。僕は絶望した。その日、ラーメンを無事に食し、店を後にする自分の像が脳内に描けないくらいに。

千円札を機械に通し、あっちゃこっちゃのタブを押しまくる。希望の商品を選定するも、後ろの客に気を取られ、希望の商品すらも脳内で想像できず、タブレット端末を手渡された猿のように、ただ押す、ただ押す、ただただ押しまくる。

もはや後発の客はキレているだろう。このガキ、商品選定にもたつくくらいだったら、「わたし、まだ希望の商品を検討し切れておりませんの。よろしければ先にお選びになってくださる?」とか何とか言えんのかボケと、胸中穏やかじゃないはずだ。

ええい、ままよ。もう、ええわい。その日は、あっさりしたジャンルのラーメンを欲して入店してはいたものの、もう目に飛び込んだこれでええわい。自暴自棄になり、僕は、赤辛ラーメンとかいう、ひときわ辛そうな商品を選定した。

が、不運はこんなもんじゃ終わらない。実はその券売機、商品を選定しただけじゃオペレーションが終わらず、発券というボタンを押さねば、機械との対話が終了しないタイプの券売機だったのだ。

赤辛ラーメンを選定したことに安堵し、任務を終えたと勘違いした僕は、余裕をかまし立ち尽くしていたのだけれど、一向に食券が発券されない。あっ、もうひとボタン押さねばならんのか。デジタル画面の右下隅に発券という赤色のボタンが存在することを知った刹那、鼻歌を歌い立ち尽くした数十秒を後悔した。

そして、その発券ボタンに気づいた僕は、人生でも上位にノミネートするほどに狼狽し、慌てふためき、額からは大量の冷や汗を垂らしながら、俊敏な動作で画面上のボタンに手を伸ばした。

実は、これまでの寸劇は序章に過ぎない。ここで本日の不運劇場の開幕のベルが鳴ったのだ。

画面上のボタンに伸ばした僕の手、僕の指は、発券という赤いボタンを押さずに、なぜだか知らぬが、払い戻しという黒いボタンをタップしてしまったのだ。

後々思い返してみると、この刹那、僕の脳内では、発券・払い戻し、それぞれ言葉は違えど、どちらも食券を発行するという同義の意味を持つ言葉だと解釈してしまっていた。だから、どちらのボタンを押下しても良し。もちろん、払い戻しでも良し。食券が発券されてくるだろうと、至極当然のように僕の指が動作していたことを朧げに記憶している。

世は無情。当然のように券売機は、発券ではなく、別の動作のために異音を発し唸る。しまったぁぁぁぁぁ。払い戻しは券売機に挿入した金銭を払い戻すためのボタンであることに、遅れ馳せながら気づいた。心の中の咆哮が、世間に漏れ出していたかもしれない。それほど大きな叫び声が、心臓付近のハートの中をつんざいた。

どうしよう、どうしよう。後発の客にズブリと刺されるかもしれない。腹ペコリンの恨みは想像を遥かに超えるはず。券売機から吐き出された千円札を強引に引き取り、脇目も振らず退店してやろうか。そのまま他の都道府県まで逃げ切ってやろうか。

その後の戦略を立案しながら吐き出される千円札を待ちわびていると、券売機はさらに僕に追い打ちをかける。なんと、券売機の画面上に、『発券しています』という表示がなされたのだ。

なぜ? なに? なぜ発券? なにを発券?

発券ということは商品を選定できたということか。やはり、発券・払い戻しは同義の意味で合ってたじゃあないの、僕チン。僕ってば、やっぱり冴えてるじゃあないの。赤辛ラーメン、買えてんじゃあないの。そう理解した僕は、誰もが嫌悪するほどの不敵な笑みを浮かべていたはずだ。

発券口に切符程度の大きさの紙キレがストン。勝った。俺は券売機に勝った。後発の客よ、ようやく商品選定のフェーズへと進めるぜ。良かったな同志よ。

食券を取り出し、チラッと視線を落とす。不運のデビルは、まだ僕を解放してはくれなかった。そこにはなんと『お預かり券』という意味のわからないフレーズが印字されていた。え? 何をお預かり? ここ銀行? お預かり券が果たす役割とは? 貯金? 預金? え? なに? というか、僕の千円札は、なぜにお預かり券に化けたの? その理由は? 原理は? 僕の千円札どこ行ったの?

あの刹那ほど、脳内が真っ白になったという喩えに相応しい瞬間はなかっただろう。ここから僕はさらに崩壊する。

お預かり券を取り出した僕は、当初それとは気づかずにいたため、既に券売機から半歩進もうとしていた。が、お預かり券ではラーメンが食せぬと察知した僕は、後発の客が券売機へと一歩前に進まんとしているのを制止し、再び券売機前に立ってやった。がはははは、後発の客よ。俺が噂の、狼狽しながら何度も券売機に立つ漢だ。俺の凄みにひれ伏しやがれ。ふはははは。

僕は俊敏な手さばきで、サイフから新たな千円札を取り出し、券売機に挿入。押し慣れた赤辛ラーメンのボタンを押下する。俺様の学習能力を見くびるなよ。この次は発券ボタンを押すのだ。そうしないと大変なことが起こる。同じ過ちは繰り返さない。そして、豪快に発券ボタンを押す。

と、同時だった。キッチンの中にいたラーメン屋の店員さんが、「払い戻しされました千円でございます」と、濡れた手を前掛けで拭いながら持ってこられた。

わかっているだろう? 僕の脳内は既に、小学校低学年が解くレベルの問題を突きつけられただけでも、畏怖しお小便を垂れ流してしまうほどに、グチャグチャな状態になっている。赤辛ラーメンを発券し終えた僕には、店員さんが持ってきた千円札を受け取る資格も権利も義務もないと判断した。

で、「あっ。もうラーメン買ったんで、大丈夫です」

と、満面の笑顔で、千円を受け取ることを辞退したのである。

店員さんは、その千円が何なのかを、何度も僕に説明してくれはしたものの、僕は既に見ざる・言わざる・聞かざるの状態に陥っていたため、呆けた笑顔で会釈してばかり。店員さんは、僕の態度を怪訝がるも、僕は呆けた笑顔で会釈してばかり。

赤辛ラーメンを食べ終える寸前くらいに、あっ、お預かり券って、払い戻しのお金と交換するための券だったのか。だから店員さん、わざわざ僕に千円札を持ってきてくれたのか。あれは払い戻しのお金だったのか。そもそも、僕のお金だったものを、店員さんが持ってきてくれたのか。僕にはそれを受け取って然るべき理由があったんだ。

と気づいたものの、ここでまた、元来の気の弱さが邪魔をする。払い戻しのお金を拒絶するという阿呆な態度を取り続けてしまった。そんな人間の交渉に、再び店員さんが応じてくれる可能性は極めて低い。単に「千円、払い戻してください」というのとはワケが違う。ハードルが高すぎる。棒高跳びの競技に、棒を持たずに参戦しているに等しい。

元来の気の弱さを持ち合わせたこの僕が、やっぱりあの千円、戻してもらえますか? と言えたかどうかは、読者の皆さまの想像にお任せすることにする。

デタラメだもの。

20190224