新幹線の座席が、窓側から順に埋まって行く原理が分からない。
左側にシートが3列あって、中央に通路を挟み、右側にシートが2列。それぞれにアルファベットが付されていて、左の窓側から順に、A、B、C、通路があって、D、Eってな具合。AとEが窓側で、CとDが通路側。B席は、窓側と通路側の座席に挟まれている。

そこにニーズが集中しているからなのだろうが、なぜ、窓側から順に指定席が埋まっていくのかが分からない。まったくもって意味が分からない。

何を隠そう、僕は、奥まった座席が大嫌いだ。新幹線はもちろんのこと、居酒屋でも映画館でもそう、とにかく奥まった座席が大嫌いだ。その理由はひとつ、自由が奪われるから。

居酒屋などでも、奥まった座席に座ってしまうと、自由にトイレに行けなくなる。行きたいと思ったときに行けなくなる。
自分が尿意を催してトイレに立とうとしたとき、手前側の座席の連中の話が大いに盛り上がっているとする。それを遮ってトイレに立つことが罪悪に感じる。さすがにそれはできないや、ということで、尿意を我慢する。しかし、そんなときに限って、話の盛り上がりが鎮まる気配がない。尿意は増すばかり。膀胱が破裂しそうになる。
もう、あかん。さすがに座席で小便を漏らすわけにも行かないので、限界が来たところで、衝動的に立ち上がる。すると、タイミング悪く、連中たちの話の流れが、今まさに、大オチを言わんとする瞬間だったりする。完全に水を差してしまう。空気の読めない奴。小便を漏らす代わりに、ため息を漏らされる始末。

だから、奥まった席は、大嫌いだ。

その昔、ある恋愛系の映画を映画館に観に行ったことがある。奥まった座席しか空いていなかったこともあり、観ることを躊躇したが、「まぁ、2時間ちょっとぐらいなら、なんとかなるでしょ」と、気軽に考えたのが運の尽き。映画がスタートするや否や、自分の奥まった席への苦手感、恐怖感を強く意識してしまい、その意識が尿意へと直結。開始数分後から、尿意を催す事態に。

物語の進行に伴い、尿意もどんどんと進行。膀胱は破裂せんばかりに膨れ上がっている。体を前後左右に揺らして気を紛らわせていないと、耐えられないほどに。おそらく、後ろの座席のお客さんは、僕のことを、さぞかし不審な人間だと感じていただろう。

しかし人間には限界というものがある。もはや、尿が尿道の先までせり上がってきており、それを自らの親指と人差し指でつまみ、物理的に尿道を閉じている状態にまでなっていた。おしっこを我慢しているんじゃあ、ないんだぜ。おしっこが出やんとしているのを、指でつまんで栓をしているんだぜ。どれほど限界か分かるだろう?

もう、あかん。さすがに座席で小便を漏らすわけにも行かないので、衝動的に立ち上がる。奥まった座席に座っていたので、10人近くのお客さまの眼前を、手刀を切りながら横切る。
皆さん、リラックスして観賞していらっしゃるため、前の座席の背に足を伸ばしていたり、人によっては靴を脱いでいたり、もちろん足元には皆々様のカバンやらが据え置かれている。
小声で「すみません……」を連呼しながら横切っているとき、ふと、スクリーンに目が行った。すると、そこに映し出されていたのは、あろうことか、中盤のクライマックスと思しき場面。主人公とされる二人が乗った飛行機が南の島に不時着し、孤独感や不安感やらが二人の絆と愛をさらに深め、今まさに接吻しようと顔を寄せ合うシーン。
おそらく制作サイドは、この場面に、中盤のすべての力を注いだであろうシーン。ふはははは、こんな大事な場面で、小便を漏らす寸前のクソ野郎が、観覧者たちの眼前を横切るとは、誰ひとりとして予想もできなかったであろう。ふははははは。

今思えば、10人近くのお客さまの眼前を横切るとき、4度ほど、舌打ちされた気がする。ロマンチックな気分に水を差すクソ野郎。舌打ちだけで済んで幸いだった。

トイレに行くということは、トイレから戻ってくるという行為もつきまとう。となると、もう一度、あの10人近いお客さまの眼前を、今後は反対側から横切らねばならない。こいつ、何回邪魔したら気が済むねん。そう思われるのは間違いない。恐すぎる……。想像するだけで、小便がちびりそうになる。あっ。小便は今、出してきたところか。

恐怖に縮み上がり切った僕は、もう館内には戻らない、という選択肢を採った。だから、あの後、物語がどうなったのか、僕は知らない。知りたくもない。

後日、ガヤガヤしたコメディー映画なら、メンタル的な影響も少ないだろうということで、「ヨハネ・クラウザーII世」という神がかったキャラクターに仕上げられた草食系シンガーソングライターが、あろうことか、デスメタルバンドで活躍してしまうという痛快愉快な映画を観に行った。
客たちもガヤガヤ、映画そのものも、爆音激音が流れる激しいもの。何ひとつ気にすることなんてない。今回も奥まった座席だったけれど、何の問題もない。

気づけば、ラストシーンのちょうど手前で、手刀を切りながら、お客さまの前を横切る僕がいた。

そんなこともあって、僕は、奥まった座席が大嫌いだ。
新幹線なんて、窓側に何のメリットがあるんだ? 理解できない。寝たいと思ったときに、肘をついて眠れるからか? 上着をかける簡易フックが利用できるからか? 壁に設置されたコンセントでスマートフォンが充電できるからか?

いやいやいや。そんなしょうもないことで、数多の自由を奪われてなるものか。私は通路側にしか座らない。通路側以外に座らされようもんなら、連結部分のあたりに立ったまま目的地まで踏ん張ることを選択する。窓側なんて、死んでもいやだ。

だって、トイレに行きたくなったとき、得意先から携帯が鳴ったために、連結部分まで移動し電話を折り返さねばならないとき、喫煙室でタバコを吸いたくなったときに、通路側の奴や、AとCに挟まれた座席であるB席の奴が、簡易棚を下ろして食事していたらどうするんだ? 簡易棚の上にノートパソコンを広げて仕事をしていたらどうするんだ? 手刀を切ってその作業を中断させ、横切るのかい? もし、通路側の奴の足元にありえないくらい大きな荷物が置かれていた場合、もしくは、B席の足元にも通路側の足元にも、どちらにもありえないくらい大きな荷物が置かれていた場合、どうやって席を立つんだい? もしそいつらが寝入ってしまっていた場合、どうやってそれをどかすんだい? 手刀だけじゃ済まないぜ。最悪の場合、B席とC席、どちらの席の奴も、足元に巨大なカバンを置いていて且つ、簡易棚を下ろしその上にノートパソコンを開いた状態で、さらにそいつらが熟睡してしまっている場合は、どうするんだい? それらすべての難題を解決した上で、トイレに行く勇気と覚悟があるのかい?

僕には、ない。

だから僕は、新幹線の指定席で、窓側を選ぶ人の気持ちが分からないし、窓側から順に席が埋まっていく原理も分からない。常に同じ現象が起きていることを考えると、僕のほうがマイノリティだってことも分かる。だけど、なぜ、こちら側がマイノリティになるのかの原理が分からない。

僕にとっては、金を失うことや地位や名誉を失うことよりも、行きたいときにトイレに行ける自由を失うことのほうが、よっぽど恐怖なんだ。

デタラメだもの。

20170514