先日、天六商店街で取材があり、予定よりも早く終わったため、フラリと天満の立ち飲み屋に寄り一杯。まだ、夕方に差し掛からんとする時間だったため、先客は若いおっちゃんと、おっちゃんの二人。まだ事務所に帰って仕事もあるため、息抜きに気軽なお酒でも楽しもうと、たこぶつと瓶ビールをオーダー。しんみりと、ひとり飲む。

おっちゃんが二人寄れば、議論が始まる。立ち飲み屋ともくれば、尚、当然こと。若いおっちゃんと、おっちゃんは、例に漏れず、議論をおっぱじめた。話しのネタは、どうやらセクハラに対する倫理観のようだ。

おっちゃんのほうは典型的な定年退職後でいらっしゃる風体。もうひとりの若いおっちゃんは、スラリとした身なりにキャップを被り、オレンジのフリースを着るなど、まだまだ現役を匂わせる風体。場末の岩城滉一といったところか。
おっちゃんのほうがイキリ立つ。最近の女は、やれすぐにセクハラだのと叫びやがると。けしからんと。それに対し反論する若いおっちゃん。

「おっちゃん、そりゃ27年前の価値観と、今とじゃ、大いに違いがありまっせ……」

おっちゃんはどうやら、27年前の倫理感を持って、セクハラ問題を斬らんとしているご様子。なんでも、嫌がる女性職員(定年退職後でいらっしゃる風体のため、現役時代の話をしているのか、元同僚たちとの最近の飲み会の話をしているのかは定かではない)に対し、飲み屋で歌を唄うのを強要したところ、拒否。その態度が気に食わんと、激昂。女は男の言うことを聞くのが社会の常。それを、やれセクハラだなんだと、身の程を知れとの発言。それに対し、若いおっちゃんは呆れた様子。昔と今じゃ時代が違う。今では、発言の受け手が不快に感じた時点で、セクハラ、パワハラ、アルハラの文化。そんな大昔の倫理観を持ち出されても、話になりまへんで、と反論。

おっちゃんは、若いおっちゃんの正論に腹を立てたのか、「自分、学校どこや?」と、詰問。話は逸れるが、不良たちが「自分、学校どこや?」と詰問するときは、「どこどこ中学のモンなのか?」を確かめるためであり、相手の中学が荒んでいればいるほど、身構えねばならないし、どれほど荒んだ学校に身を置いているかで、そいつの身分を測らんとする。しかし、おっちゃんたちの会話で、「自分、学校どこや?」と詰問された場合は、出身大学を答えるのが常。すると、若いおっちゃんが冷静に答えた。

「僕ねぇ、関大(関西大学)出てますねんやわぁ」

それを聞くや否や、おっちゃんが一瞬、怯んだ。若いおっちゃんが、「先輩は大学どこですのん?」と詰問するも、おっちゃんは、「それは言えまへん!」と、口をヘの字に曲げる始末。この時点で、本日の立ち飲み屋での身分の上下が明確になった。

関大が発する意見だと怯んだためか、おっちゃんは先ほどのセクハラ議論に対し、「そないでっか……。もう時代がちゃいまんのやなぁ」と、しおらしく認める始末。なんという学歴社会。立ち飲み屋にも、確かにヒエラルキーはあった。

しばらく穏便に会話をしていた二人。すると、話の流れが給料のネタに。僕はオーディエンスとしてまだまだ席を立ちたくなくて、もう一本だけ瓶ビールを注文。アテも切れてしまったので、たことキュウリの酢の物をオーダー。どれだけたこ好きやねんと自分で苦笑しながら、おっちゃんたちの会話に耳を澄ませる。

おっちゃんはどうやら、現役時代、公務員だった模様。若かりし頃、先輩に連れて行ってもらった北新地の話を始めた。先輩がその日奢ってくれた飲み代が、自分の一ヶ月の給料以上だったとのこと。会計の金額を見て、世の中狂っていると憤慨したそうだ。若いおっちゃんはそれを聞くや否や、「その先輩は、接待費で落としてはりますて」と諭す。おっちゃんはその意味が掴めていないらしく、「あの先輩、どれだけ給料貰っとったんじゃい……」と、数十年の時を経て肩を落とす。「だから、接待費で落としてはりますて」と何度も諭すも、おっちゃん、酔がまわっているためか、耳を貸さない。

そこから給料の話が続く。公務員だったおっちゃん、残業や休日出勤の制度に不満があったのか、定時以外の勤務には、もっと手厚い時間外報酬があるべきだと主張。若いおっちゃんが、「そない不満不満言いますけど、どれくらい貰ろてましたん?」と質問。するとおっちゃん、「時給2,500円足らずしか出まへんねん!」と回答。それを聞くや否や、若いおっちゃん、「そない貰ろてんの? 考えられへんわ……。税金でっせ!」と、眉間に皺を寄せ、少し声を荒らげる。「もっと貰わなあきまへん!」と、おっちゃん。「民間企業のこと考えてみなはれや、そんな時間外報酬なんて、どこも出まへんで!」と、若いおっちゃん。

すると、おっちゃん、公務員の待遇がもっと優れているんだと主張し始めた。退職する職員には、餞別代として、現金を支給するとのこと。それも数万円。何に係る費用かを明記しない領収書を発行した上で、餞別代を支給すると暴露し始めた。若いおっちゃんは、どうやら自分の弟が公務員らしく、そんな制度はないと反論。おっちゃんは、「僕の頃はあったんですわ。餞別代がね!」と豪語する。すると、若いおっちゃんは、「何が餞別代じゃ!我々から絞り取った税金を、何に使ことんねん! 信じられへんわ!」と、ブチ切れ。「それが公務員なんです!」と、意味の分からん反論をするおっちゃん。「ほんま、信じられへん!」と呆れ返る若いおっちゃん。「ほんま、信じられまへんなぁ……」と、おっちゃんも同調。お前はどの立場で若いおっちゃんに同調してるねんと、キュウリの酢を感じながら、心の中でツッコむ。

かなり険悪なムードになり、しばし二人、無言で酒を飲む。ちょっとの間、それが続いた後、若いおっちゃんが、「いやぁ、しかし餞別代って、とんでもない制度でんなぁ……」と、おっちゃんに話しかけた。するとおっちゃん、何を思ったのか、「僕ねぇ、餞別代なんて、ひと言も言うてないよ」と、坊っちゃんのように恍ける。

「さっき、言いましたやん……」
「僕、そんなこと言うてないよ」
「ハッキリと、餞別代、言いましたっ!」
「僕、言うてない」

おっちゃん、暴露してはマズいことを口外してしまったことに気づき、その事実を揉み消そうとしているのか、それとも、酔っ払い過ぎて、単に覚えていないだけか、とにかく、餞別代という言葉を口にしていないと主張する。

「退職する人間に、餞別代出すって言いましたやん!」
「僕、そんなこと、いつ言うた? 僕は言うてない!」
「おっちゃんなぁ、いくら酒場やからて、そんな適当な話したらあきまへんで。そんなん酒場でも許されへんで!」
「酒場も何も、僕は餞別代で領収書切るなんて言うてません!」
「ほらっ! 領収書とか言うてしもてるやん。俺、今そんなこと言うてへんのに、おっちゃん自分で、領収書って言うてしもたやん!」

おっちゃん、相手からの王手飛車取りを感じたのか、「ごめん! おあいそっ!」と叫び、ポケットから千円札を数枚抜き取り、支払うや否や、小走りで店を出ていった。

店の雰囲気は重く、にはとてつもない険悪なムードが漂っていた。若造の僕は居心地の悪さを少し感じていた。店内には、最前の喧嘩の最中に来店した、新客のおっちゃんが二名増員。
まだ半分以上残っている瓶ビールを眺めながら、グイッと飲んで帰ろうか、雰囲気も悪いことやし。でも、なんか損した気になるよなぁ。いやいや、でも、この雰囲気、気を使うしなぁ。

と悩んでいたところ、隣の新客のおっちゃんのひとりが口を開いた。

「ここって、メニュー変わるの、月一回やったっけ? 週一回やったっけ?」

と酔っぱらいながら、大将に発する。それとは別で、もうひとりの新客のおっちゃんも口を開く。

「今日なぁ、腰痛ぁてな。なんか、パイプ椅子ひとつだけなかったっけ? あったら貸してくれへん?」

最前の喧嘩を受け、居心地の悪さを感じていたのは、僕ひとりだった。やはり、昼間っから飲み屋に来るおっちゃんたちは、少々のことじゃ動じない。マイウェイを駆けている。すぐ隣で喧嘩があろうがなかろうが、メニュー変更のタイミングを気にし、腰の痛みからパイプ椅子を探している。人は人だ。自分は自分だ。周りがどうなろうが、自分は自分だ。まさに、パンクロックだ。よっしゃ、僕もおっちゃんたちのアティチュードを見習って、腰を据えて残りの瓶ビールを楽しんでやろう。フフフンと鼻歌混じりに、瓶ビールを謳歌してやろう。

予定より早く終わった取材。しかし、腰を据えて飲んでしまったために、当初の予定をはるかに超してしまった。事務所に戻る時間が遅くなる。本番公開せねばならない案件が遅れそうになる。予定より仕事が詰まる。帰宅が遅くなる。中途半端に酔ったもんだから、身体が怠くなる。眠くなる。眠くなる。だけれども、後悔はない。おっちゃんたちの真髄を見たから。またひとつ、成長できたから。時間外報酬なんて一円も出ないけれど、まだまだ頑張れる。キッズたちよ、教科書に乗っていない学習カリキュラムは、天満の立ち飲み屋に行けば出会えるぞと、わけのわからんことを考えながら、酔の名残りから、二文字打ちゃ一文字はタイピングミスしてしまう、覚束ない指先を眺めた。

20161105