近ごろ、生き急いでいるのか、自動ドアに肩をぶつけることが多くなった。
その都度、「俺様の生きるスピードに、自動ドアの開くスピードが付いてこれてないぜ、ふふふん」と得意げになったりしているものの、よくよく考えてみると、自動ドアの開くスピードさえ待てずに焦っている自分の愚かな様を思い、情けなくなりながら、ぶつけた肩を揉みつつ、落ち葉をパリパリと踏みつけながら歩く。

そういえば、電車に乗る際など、改札機に交通系非接触型ICカードをかざすとき、ピッという認証音を待たずして、焦り気味に身体が改札をくぐろうと前進しているもんだから、改札機も迷ったあげく、ピッという認証音ではなく、切符を持たない人間が通過しようとしていると判断し、警告音であるピコンピコンを鳴らし、そうかと思えば、やはり交通系非接触型ICカードがかざされていることを感知し、慌ててピッという認証音を鳴らし、ゲートを開けてくれるという、改札機に迷惑をかける日々、一旦は警告音を浴びながら、改札機を通過する日々が続く。
やはり、生き急いでいるのだろうか、我輩、ふふふん。

それはそうと、先日の真夜中近く、事務所から帰宅しようと帰路をテクテク、缶ビール片手に歩きながら、ふと空を見上げて、チラホラと星が見えていたもんだから、しばらく星でも見上げていようと、おおよそ四十五分ほど、立ち止まって星空を見上げていたとき、ふと考えたわけだ、人の成長って、むしろ退化だってことを。

これまでの自分が持っていた概念では、人はどんどんと成長する、どんな苦難や試練にも耐えられるようになり、一年前の自分じゃ、とうてい耐えられないほどの恐怖やプレッシャーも、今の自分なら屁でもないわとタフになり、日に日に成長していく、嗚呼、人間ってなんて素晴らしいんだ、そない思っていたものの、どうやら違うぞこれは、成長ってやつは、なんかキナ臭いぞ、そんな風に考えたわけ。

なぜそんな思考に至ったのかというと、僕は元来、乗り物酔いが激しく、乗車後、ものの数分で乗り物酔いし、十数分後には、嘔吐感に襲われるというほど、三半規管がデリケートで、胃や腸も繊細な生き物だったにも関わらず、近ごろでは、めったと乗り物酔いをしなくなった。
缶ビールなどを飲みまくった挙句、地方のぐねんぐねんの路線などに乗った際には、さすがに乗り物酔いをするときもあるけれど、それ以外なら、ほぼ酔わなくなった。

仕事の面だってそうだ。
それまでなら、ビビッてしまうような案件や、悲壮感漂うほどにタイトなスケジュールの案件など、数年前なら、胃に穴を開け、ヒイヒイ言いながらやり過ごしていたものの、今では、何の感情の乱れもなく、右から左へと受け流せている。

おそらく人はこれを成長というのだろう。
あちらこちらと仕事で移動するもんだから、乗り物にも慣れ、酔わない身体が仕上がっただとか、数々のピンチやプレッシャーを潜り抜け、仕事も達者にこなせるようになっただとか、お前さん、立派に成長したねぇと、拍手の一つでも送ってくれそうなもんだが、いや、違うんだ、これは成長じゃないんだ、きっと、これは、退化なんだよ、人間としての。

こう思うわけ。
脳も退化、身体も退化、心も退化、それゆえ、若かりし頃に敏感に反応していた物や事に対して、反応できなくなっているんだってばよ。
だって、事の行き違いで激怒したお客さんが「お前! ええ加減にしとかんと、殺してまうど!」などと恫喝してきたとしても、脳内は涼しげ、ふふふん、なんでラッツアンドスターのメンバーの中で、桑野信義だけ、顔のメイクが薄かったんだろ、なんでだろ、なんて考えながら、その場を適当にやり過ごせるようになっている。

今まで、こういったことを成長と呼んでいた僕は、星空を見上げながら、こっ恥ずかしくなった。だって、それは、退化だったんだもん、結果的に。
だから、若い人たちにアドバイスするような機会があれば、「早く成長なさい」などとは言わず、「早く退化なさい」と言わねばならない。
もし若い人たちから、「どうして諸先輩方は、大舞台でも緊張せず、大きなプレゼンテーションでも物怖じせず、堂々と振舞えるのですか?」などと質問をされたとしても、「ええとねぇ、それはねぇ、退化しとるからだよ」と答えねばならない。

ということは、これから益々、退化していくわけだから、どんどんと大きな物や事を成し遂げられる人間になる可能性があるということだわなあ。退化、万歳。どないしよう、来年あたり、いきなり、総理大臣に任命でもされたら。「まだ、ちょっと退化が追いついていませんので、今回は辞退させていただきます」なんて断ってしまうことになるのだろうか。

ということは、あれか、数年前までは、「そないぎょうさんお酒飲んで、よう眠くなりませんなぁ」などと言われ、「そうですねん。飲んだら、気分が高揚して、眠くなるどころか、ギンギンになりますねん」などと答えていた自分の姿が懐かしいほどに、今ではすっかり、「あかん……。飲んだら眠くなる」と、残りの仕事も手につかず、ポテチンと眠ってしまっている。
そういえば、自称、例えツッコミを生業としているにも関わらず、例えが脳内に浮かんでいるものの、その名前が出てこずに、「それは、まさにアレやなぁ! 自分、それはアレやで! さすがに、アレがソレやで!」などと、ツッコミの際に、代名詞を使ってしまうという不甲斐なさ、それもまさに退化やな。

ほんなら何かい、食べたら食べた分、飲んだら飲んだ分、お腹周りの脂肪となって、燃焼されることもなく、ただただダラしないプロポーションに成り果ててしまっているのも退化で、かかとが磨り減って、地面と平行に立てないほどに靴がボロボロになっているのにも関わらず、お金がなくて新しい靴を買えないのも退化で、乾燥の季節になると、指の皺がパックリと割れて、痛い痛いイタイってなっているのも退化で、ごくまれに、会社帰り、電車に乗る際、逆方面行きの電車に乗ってしまっている天然っぷりも、退化ということになる。

そういえば、僕たちがこの目で見ている星の光は、はるか過去に放たれた光を、今僕たちが、この地球の上で見ているそうだが、ということは、今現在のあの星も、はるか宇宙の彼方で、退化してしまっているのかも知れないなあ。

そんな気持ちで引き続き、空を見上げていると、風に吹かれた落ち葉が、僕の顔の上にひらり舞い落ちてきた。
あろうことか、その落ち葉、眼鏡と頬の隙間にスッと侵入し、その尖った葉の先が、瞳に突き刺さった。
この野郎、なんてこった、あぐぐぐぐ、痛い痛いイタイ。
早よう退化せねば。これしきの痛みで、痛い痛いイタイとなっているようじゃ、まだまだ青二才や。退化すれば、こんな痛みも感じなくなるのに。

デタラメだもの。

201151129