酸っぱいサラリーマンの体臭と、酒臭い溜息に埋もれながら、最終電車に揺られて、家に帰る。
人間、年齢や経験を重ねて、やれることが増えてくると同時に、やらなければいけないことも増えてきて、やらされることも増えてきて、やってみなければならないことも増えてきて、一日に詰め込まれたそれらの行事を半ば追われるようにして消化していると、一日なんて、あっという間に終わる。

その昔、友部正人が一本道という曲で歌った「しんせい一箱分の一日を 指でひねってゴミ箱の中」という歌詞が脳裏に浮かび、しんみりした気分で電車を降りる。駅前に辿り着き、ストリートミュージシャンが歌うヘタクソな斉藤和義の歌うたいのバラッドを背中に聴きながら、家路に着く。

家に入ると、鞄を放り投げ、と書くとトレンディドラマのようで物語性があるが、その実、鞄の中には、お仕事の大事で大切なデジタルデータが入っているため、乱暴に放り投げでもして、そのデータが消えてしまったり、その記録媒体が破損でもしてしまおうものなら、方々から怒鳴られたりどつかれたりするはめになるので、細心の注意を払いながら、そっと、フローリングの上に置く。

そして、テレビをつける。無音は嫌だ。だから、テレビをつける。

近ごろ、テレビ番組が鬱陶しい。テレビ番組の内容が鬱陶しいとか、バラエティ番組の企画が鬱陶しいとか、テレビに出ているタレントが鬱陶しいとか、そういうんじゃなくて、テレビの向こう側から人々の笑い声が聞こえてくるのが鬱陶しくて、バラエティ番組の類が見れなくなった。
無味乾燥な今日という一日を送ってきた後に、人々が嬉々として楽しんでいる声を聞かされると、そのコントラストがきつ過ぎて、参ってしまうようになったから。
かと思いきや、報道番組も見れなくなった。テレビの向こう側から、事実だの真実だの意味のあること、そういった言葉や音声が流れてくることが鬱陶しくなって、報道番組も見れなくなった。

だったら、何を見てるん? お前、テレビ見てる言うて、何を見てるん? となるわけだけれども、何を見ているのかと言うと、二十四時間放送されている、通販番組。

通販番組には癒されるよ。とことん癒されるよ。
もともと、夜更かしせんければならんかったり、朝早起きせんければならんかったりと、時間の定まらぬ仕事が多い中、仮眠を取ることも多く、早朝に向けて早々に寝ていなければ仕事が破綻したり、まだ夜かと見紛うような時間帯から早よう起きねば仕事が破綻してしまうこともあるため、深い眠りを避け、電気は煌々と点けたまま、寝心地の悪いフローリングの上で、且つ、テレビはつけっぱなしで、という生活を送ることがよくあるが、その際には、いつも通販番組を延々と垂れ流していた。

一つの商品に対して、さまざまな切り口から、それを褒め倒し、絶賛し、称賛し、時には冷静に商品のスペックを語り、再びまた仰々しく、商品を褒め千切る。
そんな音声がとても心地良く、川のせせらぎとか、鳥のさえずりとか、あっち系の癒しを与えてくれるのである。

これまでは、仮眠の際に垂れ流していただけだったけんども、近ごろでは、家に帰れば、すぐさま通販番組をつけ、それをボーッと見ながら、時に聞きながら、深い癒しを求めるようになった。

ぬふふ、果たして、この欲望に正直で、貪欲でハングリーな自分が、たったの癒しだけで満足していると思うなかれ、癒しだけを求めて、単調な時間を過ごしていると思うなかれ、その通販番組には、血湧き肉踊る興奮が待っているのである。

それは、ただ今のオーダー数として、リアルタイムで、注文状況の数字がカウントアップされていくというもの。
それの何がすごいかと言うと、その上昇スピードが、あまりにも速いんだ。みるみるオーダー数は上昇し、それを見て視聴者たちは連鎖反応を起こしてか、さらに注文が殺到し、ますますその上昇スピードは加速し、もはや青天井なわけだ。

ほんで、何が血湧き肉踊るのかと言うと、基本的には、どの商品も、数千個、多いときには、一万数千個程度売れることになるわけだけれども、単純に商品単価とオーダー数を掛け算してみると、時に、一億円近く売れている商品もあるわけで、おいおい、ほんまかい? こんな深夜に、何気ないアウターのコートとか、豚の角煮を作れる機械とか、何の変哲もない化粧品など、そんな類の商品が一億円近くの売上を上げるなんて事態があってええんか? そして、ほんまに一万個とかの在庫を用意してるんか? おいおい、深夜に一億円やぞ、アウターのコートで一億円稼ぐことなんかあるか? しかも一瞬にしてやぞ、もはやアメリカンドリームですやん、マドンナが夢を追い求めて、小銭だけを手にニューヨークの地に降り立って、その後、スターに登りつめる系の夢物語やん、ほらほら、そない言うてたら、どこにでもあるような普通のネックレスが、また一億円近く売り上げてるで、オーダー数も六千とか七千とかなってるで、こんな深夜に、そないぎょうさん、この通販番組見てる人おるんかいな、社会に疲弊した自分みたいな人間が、癒しを求めて見てる程度の視聴数ちゃうのん? みんなそんなこの時間に、自分の物欲を満たそう思うて、この通販番組見てるのん? というか、こんな夢のように紹介した物が売れるんなら、どいつもこいつも、この通販番組で商品を紹介したらええやん。ほんなら、みんな、億万長者なれるんやから。

広告屋として、もしかしたらこの手法は、購買意欲を掻き立てるマーケティング手法なのではと、その演出を冷静に分析したがる自分もいるものの、いやしかし、世の中、しょうもない目線で、何でもクールに判断すべきじゃない、こういう腰を抜かすような事態が目の前で起こるのが世の中かも知らん、この通販番組で商品を紹介したことによって、大金持ちになった社長さんだっているかも知れない、それほどに、この番組は、商品を売るための力を持っているのかも知れない。

ぎゃあ。興奮してきた。また一人、美容サプリメントをこの番組で紹介したことによって、億万長者になろうとしている社長さんがおるぞ、興奮してきた。オーダー数がどんどん上昇していく、僕の血圧も、どんどんと上昇していく、あかん、明日はめっぽう早く起きねばならんのに、到底眠れない、寝付けるわけがない、あかん、この商品の紹介がひと段落したら、この興奮を抑えるために、上半身裸で、冬目前のお外をジョギングでもしてきてやろうかしらん、ほうら、一億円達成したぞ、在庫は大丈夫か? この番組に出るにあたり、ケタ違いの在庫を用意してきたか? 在庫切れなんて損だぜ、パチンコでチューリップが開いているのに、玉がなくなっちゃったくらいに損だぜ。

癒しと興奮の波を不規則に味わいながら、気づけばグッタリと寝落ちしている。知らないうちに、寝落ちして果てている。そうして朝、いつものように目を覚ます。またしても、鬱陶しいことばかりが待ち受けている一日の始まりなわけだけれども、こうして清々しい気持ちで目を覚ませるのは、毎夜毎夜、億万長者になる夢物語を目の当たりにしながら、良質な睡眠を取っているからなのかも知れない。

デタラメだもの。

201151114