過剰サービスというやつは、何とも苦手だ。
サービスというものは、適度に気がきくという程度で充分なはずである。にも関わらず、世の中、過剰サービスが横行していて解せない。

最近、特に思う過剰サービスが、居酒屋での灰皿交換。
あの、灰皿交換のタイミングの悪さったら、天下一品である。

僕にとってのお酒を飲むという行為は、大いに語らうということと同義であり、それ故に僕は、何軒もお店をハシゴしたりだとか、ホステスさんがいるようなお店に行くだとか、そういうことはせず、場末の居酒屋などに、どっしりと腰を据え、やれ夢だとか、やれパンクロックだとか、やれ笑いとは何ぞやとか、とにもかくにも、語って笑って、泣いたり叫んだり、得てして、年甲斐もなく、そういうことをやるのが好きだ。
語るにせよ、笑わせるにせよ、ある種、熱を帯びてくると、何かしらが自分に憑依し、饒舌になったり、愉快になったりしているわけで、それはある種、酔狂ながら舞台に立ち、わっしょいわっしょいと演じているわけだ。

そこへ来て、その酔狂の芝居に水を差すのが、灰皿交換なんだわ。

「おうおう、仕事っちゅうもんはなぁ、お客さんの期待に応えてなんぼやぞ!」
「なるほど」
「ただなぁ、お客さんの期待に応えるよりももっと大切なことがあるんやぁぁぁ!」
「え!?いったい、それは何ですか、先輩!」
「それはなぁ…じ」
ここで突如現れる店員。
「灰皿交換しまーす」
店員の灰皿交換の所作を、ただただ見つめる男ども。
「……。」
「……。」
「……。」
「あ、ありがとうございました」
灰皿交換サービスに対して、礼を述べる男ども。
「で、先輩。さっきの話、どこまで話してはりましたっけ?ってか、何の話してはりましたっけ?」
灰皿交換に水を差され、話の状況はおろか、何の話をしていたのかさえ脳内から吹き飛んでいる後輩。
「そやなぁ。さっきの話はなぁ。仕事っていうもんは……。っていうか、もうええわ!」
熱演を中断させられ、先ほどと同じような熱さ、同じようなテンション、同じような熱量で話もできず、だったら、その熱量を必要とする語らいなんざ、こんなにも冷え切った熱量でやっても意味ないわ!と投げやりになり、キレ倒す俺。

誰を責めるべきか。灰皿交換サービスじゃろ。あの、空気も読めずに割り込んでくる、灰皿交換サービスじゃろうがい。灰皿は火を消すためのものであって、心の炎まで消し去って行くっちゅうのは、どういうこっちゃい。

何も熱い話をしてる時だけやない。あいつらは、笑いのネタを話してる時にも、いけしゃあしゃあと割り込んできよる。
計算されつくしたネタを饒舌に喋りながら、まずはフリや、ネタっちゅうもんはフリが命や、フリのリアルさが、そのネタの後半で活きてきよるんや。話のつまらん奴っちゅうのは、このネタフリが下手クソで、早よう早よう話の核心を突きたがるよって、話が尻つぼみになりよるんじゃ。俺のフリは天下一品やど、見とけ見とけ、よう聞いとけ、そのフリからどないな話の展開になるか、お前ら楽しみでしゃーないやろ、もうちょっと待っとれよ。

などと、我、笑いの覇者なり、といったようなバカげた様子で、恥ずかしげもなく話を進めている最中、ようやく話も終盤、さぁ、ボルテージが上がって参りました、ラージヒルで言うたら、既に滑降を開始、グングンとスピードが乗る乗る、さぁ、やって来ましたで皆さん、ついについに、お待ちかねのオ……!
「灰皿交換しまーす」
でたっ!またしても、このタイミングで来るか。どういう神経しとるんや。あとオチを残すのみやったんやぞ、ワシのネタは。このオチまでに、どれだけ焦らして焦らして、丁寧にネタフリを話しとったと思うとるんや。こっちのそんな苦労も露知らず、よう能天気に灰皿交換なんかしに来やがったのう。

そして、同じパターンになる。
「先輩、それで、その話って、最終的に、オチどないなんですか?」
「え?オチ?」
灰皿交換で中断された話の、オチだけを話させられるパターン。
「オチはなぁ……。結局、携帯と間違えて、テレビのリモコンで電話かけよう思うとったんじゃーー!」
場は白ける。
「ははは……。そうやったんですね……。面白いやないっすか……。ははは……」

そりゃそうなるわな。灰皿交換サービスまでの熱量は、すっかり冷めてしもとるもんなぁ。それで笑えるほど、笑いは甘くないわな。
吉本新喜劇で、島木譲二が、「しまった、しまった……」言うたタイミングで、「灰皿交換しまーす」などと割り込んで来ようもんなら、さすがに、ネタの中断後に、「島倉千代子」などと叫んでみたところで、客席はクスリともしないだろう。

ようよう考えてみると、居酒屋や飲み屋というものは、熱く語りたい、アホになって笑いたい、惚れた異性を落としたいなど、それなりに本気の連中が、大いなる熱量を持ち合わせて集っている場といっても過言ではない。
となると、いずれの客席にも、様々なストーリーがあり、ひとりひとり、その場に賭ける思いや勝負、戦いがあるはずである。
それを思うと、本来、その場に提供する灰皿交換サービスは、ある種の命懸け、戦場で鉄砲玉が飛び交う間を縫うが如く、死に物狂いでサービスを提供する必要があるんじゃないだろうか。

例えば、熱い話がひと段落した様子を見せたタイミング、オチがイマイチで語り手がスベッたタイミング、異性への下心が見透かされ冷え切ってしまったタイミング、そういったタイミングを、プロの視線、プロの視点から察知し、「灰皿交換しまーす!ついでに、冷え切った空気も交換しまーす!」くらいの粋なサービス精神で持って、割り込んでくるべきじゃないのか。

それほどのサービス精神がないのなら、あの例の灰皿交換サービスというやつは、過剰なサービス、不毛なサービスと思えて仕方がない。そもそも、交換して欲しいときは、声をかけるから。

そうやって過剰サービスを思い浮かべてみると、世の中にあるわあるわ。
服屋にて、のんびりと服を見ている時に、横から話しかけてくる店員の、「この服ねぇ、今人気で、買って行く人多いんですよー!」といったアドバイス。
こちとら、誰も買ってないような特異な服を探しとるんじゃい。誰でも買って帰るような、分かりやすい服なんぞ、要らんねん。そのアドバイス聞いて、買うのやめるわ。
他にも店員、「これ、いいっすよねー!僕も気にいって、一着持ってるんですよ!」といった情報。
お前が持ってるんなら、お前とカブるの嫌やから、買うのやめるわ。
美容院でもそう。髪の毛を染めたりパーマネントを当てたりする際、待ち時間をぼんやりと空想でもしながら過ごそうとウキウキしているところに、「良かったら読んでくださいねー!」などと、ファッション雑誌を4~5冊も用意されるサービス。
わしゃ視力悪過ぎて、裸眼じゃ、本など読めんし、MEN'S NON-NOなど手渡されても、この田舎モン丸出しのワシの服装を見てみれば、どう考えてもお門違いだと分かるだろうに。嫌味かい。

ほんまに世の中には過剰サービスが多すぎて困るわ、などとブツブツと文句を言いながら、得意先様との商談中、ちょっとした冗談で、いつもいつもお世話になっていますので、今回は無料で2~3点くらいならデザインいたしますよー!なんてケラケラとほざいていたら、お客様ご満悦のご様子で、その冗談を真剣に受け止めていただき、まさかまさか、グラフィックを2~3点ほど無料でデザインをせねばならんようになってしまった。

どうやら、ビジネスの世界では、サービスは、過剰であればあるほど、望まれるらしい。

『デタラメだもの』

201141116