「今日は、牛を食べたい気分ですわ……」

そういう部下の欲求を聞き入れるべく、「それじゃあ、牛丼でも食べに行くけ?」と、部下二人を連れて、某牛丼チェーンに向かったランチタイム。

四人掛けのテーブルに陣を取り、いざメニューを見ながら、おぉ、このメニュー、めちゃカロリー高いやんけ!などと、戯言をほざきながら、オーダーの呼び鈴を鳴らす。

「ご、ご注文は、い、いかがいたしましょうか……?」

明らかに自信のない声が聞こえてきた。
ん?と思って、店員さまを見上げてみると、気の弱そうなおばちゃんの店員さまが、震えるような手つきで機械式注文受付機(ハンディターミナルというらしいが)を操っている。

ふざけたパーマをかけた方の部下が、丁寧な口調で、ゆっくりと、全員分の注文を、おばちゃんに伝えていく。

「牛丼の大盛り、つゆだくをひとつお願いします。あと、こっちの……」
「あの!ひ、ひとつずつ注文して、く、ください!」
おばちゃんの店員さまは、ふざけたパーマをかけた部下が、珍しく、ひとつひとつのオーダーをゆっくり丁寧に注文していたにも関わらず、ひとつずつ注文しろ!と注文してきた。

新人の店員さまなのだろうと、そこは我々心の豊かなメンバーは、嫌な素振りは見せないものの、ひとつずつ注文していたのに、ひとつずつ注文せよ!という指示がきたことと、その裏には、おばちゃんの、私がひとつの注文の入力を終えたのを察知して、次の注文を言ってくださいませ。それを分かりやすく言うと、ひとつずつ注文せよという指示になるんですのよ!という、切羽詰った背景も見え隠れし、顔から思わず笑みがこぼれてしまった。

それにしても、昨今の牛丼チェーンのスピード化には驚かされる。
おばちゃんが、まだ、僕の次、ふざけたパーマをかけていない方の部下のメニューを手元の機械に入力している最中に、もう、僕の牛丼、大盛りつゆだくが、運ばれてきたのだ。
入力が完了した時点で、キッチンに注文が送信される仕組みなんやね。

これ、野球やったら、前の走者抜かしてしもてるから、アウトやん。である。

無事に僕らのテーブルの注文も聞き終え、おばちゃんは次の業務、僕の右後ろに腰掛けた女性二人組みのテーブルに水を運んでいた。

その人たちのテーブル付近に来た時、おばちゃん、思いっきり水をこぼして、大惨事。
しかも、大惨事の被害者には、僕も含まれていて、左足に水が思いっきりかかったのである。

「すみません!」
大勢の店員が、僕のところに駆け寄ってくる。

「いやいや、気にすることおまへんで。ちょうど、湿気多くて、水でも浴びたいなぁ思ってたところやさかい、水かけてもろて助かりましたわ!」
と、陽気に言ってのけたどうかは定かではないが、全く気にもせず、ニコニコと笑みを浮かべていた。

いつも思う。
こうやって、明らかに不慣れな仕事でも、ミスしながら怒られながらでも、働いてお金を稼がねばならない、のっぴきならない事情が、人には、多かれ少なかれあるんだろう、と。
それを思った上で、やはり不慣れで不向きな仕事だけに、俯き加減な表情で働き、だからミスも多く、自分よりもはるかに若い年齢の奴らに、怒られ怒鳴られバカにされ。

背負い込んだ事情の重みを思い、それと戦う雄姿を見ていると、目の奥にツンと刺激が走る。

そんなことを考えながら、食後のお茶を楽しむべく、喫茶店。
ちょっとした屋外で飲食できるスペースを兼ね備えた店なので、気候もよいこの季節、外でお茶でも楽しもうやということになり、またしても部下に注文を任せ、僕はひと足先に、店の外へ向かう。

店内から店外へ出るガラス戸。
ボーッとしていた僕は、ガラス戸が既に開いてることに気づかず、なぜか取っ手に手をかけ、わざわざガラス戸を閉じたようで、それに気づいていない僕は、閉じられたガラス戸に向かって通過しようとしてしまった。

閉まってると思って、開けたつもりのガラス戸が、実際は、開いていたのに、閉じた上で、突き進んだのである。
自ら閉めたガラス戸に、だ。

物理的に、ガラスは強い衝撃を与えると、割れるよね。
そう、だから、ガラス戸を割ってしまいそうになったのは、想像に易いよね。

あやうく高級なガラスを弁償した上で、ケガの治療費までかかってしまうところだった。

それはそうと、僕が外出するタイミングに限って、雨が降り出すのは、なぜだろう?
今年の梅雨は、気まぐれに雨を降らせるが、どうやら、僕にだけは、毎回会いにきてくれるようだ。

デタラメだもの。

20140616