「若い頃より脂肪がつきやすくなってきた」

CMでもよく耳にするフレーズ。近ごろ、まさにこのフレーズが自分の身に染み出して、なんともいただけない。

まだまだ丸くなってたまるか。世の中に牙を剥いて生きたる。吠えたる。長いものになど巻かれない。反骨精神剥き出しで生きたる。反社会的な人間でい続けたる。尖って尖って、もっと尖って。

などと鼻息を荒く、精神論を振りかざして生きているつもりが、腹の周りやら顎の界隈やらに脂肪などが溜まりに溜まって、ハングリー精神どころか、ハングリーを満たすために食欲やら肉欲と向き合い過ぎた結果、だらしない造形に身体がなってきてしまってるもんだから、そんな自分自身を忌み嫌って仕方がない。

そんな折り、またとないチャンスが訪れた。
身体の不具合により、胃腸やらがブチ壊れてしまったもんで、ちょびっと胃腸内を洗浄しましょうやということに相成り、妙なドリンクだけを二日間飲みながら、断食をするという機会を得た。

「これはこれは、痩せこけて、見るも無残な姿になれるチャンスではないか!」

鼻歌混じり、ルンルン気分でそのドリンクをチビチビやりながら、断食を決行した。

ところがこれ、やってみればなかなか辛い。
固形物は一切口にしてはならず、そのドリンクと、水、もしくはカフェインの入っていないお茶しか口にしてはならず、本来ならば禁止されているはずのタバコだけは、禁断の園ということを自分に言い聞かせながらスパスパやってはいたものの、日常生活から食というものの一切を奪われてしまうと、なんとも手も足も出ない状態に陥ってしまう。
コーヒーが飲めないというのも、なかなか致命的だったし。

「添加物の入っていない糖分だけは取ってもいいよ、だからね君、黄金糖を食しなさい黄金糖をね」という、指定銘柄の許可は得ていたので、黄金糖だけは食べてもいいことを事前に理解してはいたものの、断食決行前には、「俺様は、黄金糖などに頼らずとも、二日くらいの断食なんざ、朝飯前よ!」などと、朝飯さえも食せない身分のクセに息巻いていたことがアダとなり、初日の断食途中に、糖分が欠乏して、強烈な頭痛に襲われまくる。

黄金糖というメジャーな銘柄は、コンビニやら薬局やら、どこにでも売っているだろうと携帯せずに断食を始めたのだが、あまりの頭痛に、仕事どころではなくなり、大阪のオフィス街の中を、黄金糖を求めて彷徨うことになった。

フラフラリフラフラ。
歩けど歩けど、黄金糖がない。
しかも、歩けば歩くほど、エネルギーが消費されるので、さらに頭痛が酷くなる。
人間の身体というものは、糖分がなくなるだけで、これほどまでに弱体化してしまうのか、死ぬ死ぬ、このままじゃ確実に死ぬ。

そんな悲壮な表情で辿りついたお菓子量販店。
涙目になりながら黄金糖だけを手にレジに並ぶ。
まるで懇願するように店員さんから黄金糖を受け取り店を後にしようと思った瞬間、店員さん(研修生)の名札に記された名前が、「トウ」と書いていたもんだから、世界は僕に糖(トウ)という優しさを数多くれようとしている、なんという慈悲深いこと、泣きそう。
実際に、少しばかり涙をこぼしながら、黄金糖を貪り、職場へと帰った。

鬼に金棒。俺に黄金糖。
二日目の断食は、黄金糖を携帯していることから、余裕綽々、ナメきった態度でスタートした。

ところが、あろうことか、二日目には、仕事の関係上、得意先への訪問が予定されており、往復で徒歩40分の苦行を経なければならない。

「黄金糖だけで、この苦行を乗り越えられるのだろうか?」

一抹の不安を抱えながらも、なんとか得意先を訪問し、打ち合わせも無事に終えた。

ここで僕の中で、ある革命が起こった。
打ち合わせ後、そっと部下に告げた。

「なぁなぁ、なんか、ゲーセン行って、太鼓の達人したくね?」

急に太鼓の達人をプレイしたくなったのである。
仕事は鬼のように多忙だ。
しかも、ゲーセンがどこまで歩けば存在するのかも定かではない。
そして、断食二日目。

そんなことくらいで僕の心が妥協を許すはずがない。
今のこの太鼓の達人をやりたいという気持ち、何人が寄って集ったとしても、止められるわけがない。
僕は霞む目を擦りながら、部下と、ある商店街のほうへと歩き、ひたすらにゲーセンを探したのである。

フラフラになりながら、無事にゲーセンに辿り着いた。
ぐひひひ、太鼓の達人できる。
そう思い、小銭しか入っていない財布のなかから貴重な100円玉を取り出し、セットする。

「曲を選ぶドン♪」

よっしゃ!バチを握る腕に力が入る。血管が浮き出る。エネルギーが放散される。視界が霞む。頭痛が酷くなる。足元がふらつく。倒れそうになる。

幸か不幸か、その日のプレイはまさにいぶし銀とも言えるほどのバチ捌きで、ノルマをクリアしまくり、次の曲次の曲とプレイすることができ、断食二日目の体力も底をついた状態にも関わらず、計4曲も演奏し切ったのである。

知ってますか皆様。断食二日目の状態で太鼓の達人をプレイすると、ワンショットワンショットごとに、バチと太鼓がぶつかる振動が脳天を貫き、失神するほどの激痛が走ることを。

そんなことはさておき、太鼓の達人で高得点を出せたことに気分が高揚した僕は、そのまま電車で真っ直ぐに事務所に帰ればいいものの、「あんなお通夜みたいに静まり返った事務所に、この高揚した気分のまま帰れるかいな!」ということになり、ロールプレイングゲームで言うところのHPが、残り2%程度になっている状態で、

「思いっきり遠回りして歩いて帰ろうや!」

と自分の中のキッズ魂が、そのセリフを吐かせたのである。

遠回りすること50分ほどかけて、徒歩で事務所まで帰ってきた。
ただ断食をするだけではなく、さまざまなスリルとアドベンチャーを加味するところが自分らしくて憎めない。
やりきったった。やりきったった。二日間、断食をやりきったった。
二十四時間テレビで二十四時間マラソンを走るタレントが、最後の武道館でゴールテープを切ったときの気分は、きっとこんな感じだろう。きっとそうだろう。なんだろうこの充実感は。

そんな感じで、僕の断食生活は終了した。

断食明けの数日は、栄養の吸収力が尋常じゃなくなるので、リバウンドを避けるべく、おかゆや味付けの薄い味噌汁程度の食事を継続せよ。という指示が出ていたものの、食べるな!言われれば、食べないよ!と言えるのだけれど、食べてもいいよ!と言われているのに、好きなものを食べることを我慢せねばならないのは解せないと憤り、軽食に留めておくなんざ、男の恥じ、武士ならば切腹もんじゃ!あほんだら!と、行き場のない怒りを胸に溜め込み過ぎ、思い悩み、絶望し、断食明け数時間を持ってして、鬱状態となってしまった。

今ではその鬱状態を蹴散らすために、好きなものを暴飲し、好きなものを暴食している。
気づけば、断食中、理想的な体重まで落ちて、ウエストもほっそりとしていたはずなのに、断食開始前よりも、「若い頃より脂肪がつきやすくなってきた」な身体になってしまっている。

健康的に生きるために、死ぬ思いをするのは嫌だ。
安い酒をたらふく飲んで、安い食をたらふく食べて、笑って泣いて、豪快に死んでやる。

僕がもし断食を再びやるとしたならば、どうしても太鼓の達人でハイスコアを出さねばならないという使命を授かった時なのではないだろうか。

デタラメだもの。

201140608