緊張すると、お腹が痛くなるとか、そういう経験って、多かれ少なかれ、誰しもがあるのだろうかしらん。

もともとが閉所恐怖症であり、静寂の場所や、人ごみなど、とにかく自分にとって居心地の悪い空間が、何よりも大嫌いで苦手な性分ゆえに、学生時代、テストの時などは緊張も手伝い、百発百中で、極度の腹痛に襲われていた。

そんな性格にプラスして、手の施しようがないほどに内向的な性格だったあの頃。
腹痛に襲われていても、目立つことは罪悪であり、腹痛を自白することなど、学生生活の終わりを意味するものと思っていたほどに引っ込み思案だったため、堂々と挙手した挙句、

「先生、トイレに行ってきていいですかぁ~?」

などと能天気に発言することもできず、常に腹痛と真っ向勝負しながら、耐えに耐えまくりながら、日々をやり過ごしていた記憶がある。

テストが開始されると、一問目を過ぎたあたりから、早速腹痛に襲われるのが常であった。
それも、単なる腹痛ではなくて、世に言うところの、漏れそうな状態。
それが、一問目を過ぎた直後、すぐに襲ってくるのである。

挙手はできない。
腹痛を告白できない。
漏れそうになっているのを、いつまでも我慢できない。

そこで僕はいつも、冷や汗と苦悶の表情を、テストの監視担当の先生に向けて、さんざんにアピールしていた。

「先生、見てくださいよ、ほら!僕はこんなにも苦悶の表情をしてるんですよ…。先生たる者、この、いち生徒のとんでもない異変に気がついてくださいや…。こんな異変に気づかないなら、なぜにあんたは監視担当で、この教室にいとるんだ。ほら、見てください!苦悶です、冷や汗です、苦悶!苦悶!苦悶!」(心の叫び)

が、ボンクラの教師たちは、何のために教室にいるんだか、妙に眉間に皺などを寄せ、威圧するようなオーラだけをプンプンと漂わせるだけで、この僕の、死ぬか生きるか漏らすかの状況にすら気づかないでいやがる。

そんな状況が何度も何度も続き、僕はある作戦を考えついた。

基本的に、テストの最中は、席から立ち上がることが許されていない。
その制約を逆手にとって、僕は、鉛筆や消しゴムをわざと机の上から落っことし、それを教師に拾いに来させ、僕の席に近づいた瞬間に、もちろん「先生、トイレぇぇぇ」とは、小声ですら恥ずかし過ぎて言えないので、その瞬間に、思いっきり苦悶の表情を、間近でこれ見よがしに見せつけてやろうと考えた。

鉛筆を床に落とす。
それに気づいた先生が、こちらに近寄り、それを拾い上げる。
僕の机の上にそれを置こうとする。
僕はお礼も言わず、ただただ、冷や汗まみれの額と、充血した瞳を先生に向ける。
先生はそれに一瞥もくれずに、所定の位置に戻り行く。
僕の死闘は、続く。

と、何の解決にも至ることなく、いつもいつも、そんな塩梅だった。

それを思うと、僕がもし、腹痛という雁字搦めな状況の中ではなく、万全のコンディションでテストに挑むことができていたなら、もっともっと高い学歴を手にすることもできただろうし、もっともっとお給料の良いお仕事ができただろうし、今みたいに、ペコペコしたりヘコヘコしたり、とても人間とは思えぬような扱いを受けたりせずに生きられていたかも知れないのに。

いっそ、何もかもを腹痛のせいにして、どうにかこの責任を取ってもらいたくもなる。

そんな僕も、サンドバックのように社会から猛打のパンチを浴びせられまくった挙句、今では、少々のことでは動じない性分に成り果ててしまい、腹痛に襲われることも、めっきりなくなった。

めでたしめでたし。

と思っていたものの、最近、自分の妙な身体の異変に気づくようになった。

それは、何かしらの楽しみな事柄が直後に待っていると、強烈な尿意に襲われ、いてもたってもいられなくなり、下手をすると、その楽しみの真っ只中に、便所に行かねばならず、その楽しみを途中抜けするような事態に陥ってしまうというもの。

楽しみにしていた映画の、ライストシーンの直前。
楽しみにしていたライブの、好きなバンド出演の直前。
楽しみにしていたお食事の乾杯の直前。
とにかく、楽しみにしているものが、今から始まらんとするタイミングで、必ず。

ご存知の通り、映画館では、それほど自由に席の移動などはできず、ましてや、ラストシーンの直前などは、誰しもが固唾を飲んでスクリーンに釘付けになっているか、ハンケチで涙を拭いているかしている最中、僕は、尿意の我慢の限界を感じ、席を立ち、人の眼前を横切り、館内から出て行くわけである。

人に疎まれた挙句、ラストシーンも見れない。

ご存知の通り、ライブハウスのアリーナの中では、ステージが見やすいポジションを陣取れたら、そこは誰しもがキープしたい聖域。
直後に自分の目当てのバンドが登場するともなると、余計にその場所は死守したいところである。

なのにその瞬間、僕の膀胱は、尿によって、爆発寸前になっているのだ。

そうなったらもう、その場所を他人に明け渡して、放尿に行くか、お目当てのバンドの演奏中ずっと、尿意と戦いながら、集中力散漫なままで、ライブを楽しむしかなくなるわけ。

そう考えてみると、僕の人生は、便意か尿意によって、かなり多くのものを損したり失ったりしているじゃないか。
この憤りを、どこにぶつけたらいいんだ。
それらがなければ、僕は、とんでもない偉人になっていたかも知れないのに……。

それにしても、なんだ今日の駄文は。
起承転結の、起承の部分を便で通し、転で話が転ぶと思いきや、尿の話をし始めるなんて、なんという文章を書いてるんだ、ほんまに。

じゃあ、起承転結の、結はいったい何を書けばいいんだ。
結?ケツ?

結局、話は振り出しに戻るようで。

デタラメだもの。

201140524