春が近づき、チラホラと暖かい日なんかに出くわすようになると、つられるようにして、街でも奇妙な光景に出くわすようになる。

そりゃそうなるわな。だって、寒っむい寒っむい冬を、身を縮こめながら乗り越えたんだもの、そりゃ暖かい日が訪れれば、気分も解放され、奇行のひとつやふたつも目にしますわな。

でも、いいと思うわけです。世の中どんどんとインターネットやら何やら、やれ数値やらやれ統計やらやれ分析やらと、人間のことをさも画一的な動きをするロボットのような捉え方をされてしまう昨今だからこそ、そうやって、常識では掴めないような奇行、うん、そういうパワフルなこと、おっさんたちがどんどんとやっているような世の中じゃないとあかんと思うわけです。

で、例に漏れず、立ち飲み屋。

やっぱり立ち飲み屋はええなぁ。落ち着くなぁ。小ジャレた飲み屋などと違って、精神の解放感が違いますわなぁ。哲学多し、ですわなぁ。まぁ、そんなことはさておき。

向かい側のカウンター。
身なりを整えたやや清潔感のある50代後半と見えるジェントルマンなおっさん。そのおっさんが、おもむろに携帯電話を取り出した。スマートフォンのような形状のものではなく、通称ガラケーと呼ばれる、パチンと二つ折りにできる、アレね。

そしてジェントルマンなおっさん、何をし出すのかと思えば、携帯を顔の真ん前に縦に持ってきたわけです。つまりは、顔の真ん前に、携帯が「1」という数字の風情になってるわけね。おでこの辺りが聞く部分、鼻の辺りに折れ曲がる部分、口の辺りに通話口。

で、最初は、液晶部分を眼前に置いて、メールでも読んでるのかしらんと思っとったわけですが、そうじゃない、通話してる。はっきり、しっかりと通話してるわけです。受話部分を、耳に当てずに、通話してる。

そうなると、ほれ、最近よく見かける、イヤホン状のものを耳に差し込んで、電話をしてるアレかなと思ったわけですが、そうじゃなく、耳の穴には何も差し込まれていない。

なんなんだ、この光景は、おっさん、しゃべり続けてるぞ、通話口に向かって。

で、こう妄想したわけです。

このおっさんは、とてつもなく大きな会社の偉いさんで、しかも、絵に描いたような、ワンマンでトップダウンで高圧的な人物。

だから、受話はしない。通話口から指示のみ。聞く必要なし。言いっぱなし。あとは、シモジモが動けばいい、と。

きっとあの時の指示は、

「ええか、あの土地、買い占めてまえ」
「…」※受話口を耳に当ててないから
「ちゃんとやれよ」
「…」※受話口を耳に当ててないから
「明日の朝までにやぞ」
「…」※受話口を耳に当ててないから
「できんかったら、知らんぞ」
「…」※受話口を耳に当ててないから
「ちゃんと聞いてるか?」
「…」※受話口を耳に当ててないから
「おい」
「…」※受話口を耳に当ててないから

そりゃ返事ないわな。受話口、耳に当たってませんから。

そんな感じで、恐らく、ドでかい仕事の指示を、一方的、高圧的、傲慢に、部下、いや、シモベに指示している、そんな安い立ち飲み屋のワンシーンだったのではないだろうか、と推測。
ジェントルマンなおっさん、勉強なります。ワンマン経営も、ここまで行かんとあかんのですね。携帯電話を縦に使えるくらいにならんと、あかんのですね。中途半端なワンマンぷりでは、何もコトが運びませんわね。勉強なります。独裁って、こうやってやるんですね。

僕も高みに登りつめたら、ぜひ参考にさせてもらいます。登りつめられませんけど。

そんな風情を後にして、帰りの最終電車。

乗車後に電車の発車待ちをしていると、左後方から、真面目そうなサラリーマンの大きな声が。
おいおい、電車でデカイ声で電話するなよ。それにしても真面目な口調やな。

そう思って耳をそばだててみると、何やら、本日の行動報告をしてはるみたい。

「えぇ、本日はですねぇ、寿司屋で打ち合わせしまして…」

みたいなことを言うてはるわ。
見た目がとても真面目そうな40代前半と思しき男性。しゃべり口調もほんまに真面目で、性格が出てる。電車内で電話したらあかんと知りつつも、真面目な性格ゆえに、本日の行動報告を上司にせねば!との責任感から、仕方なくの業務遂行、なんやろうね。それにしても、丁寧且つハキハキと大きな声で電話してらっしゃる。

「だから、本日はですねぇ、寿司屋で打ち合わせをした後、あぁ、はい、そうです、キャバクラですね、はい。キャバクラ行きまして」

ん?何を言うとるんだ、この真面目男性は?
君のような真面目な男性が、大声でその単語を連呼してるのが、ミスマッチ過ぎて、車内全員目を向けとるがな。接待内容の報告なんやろうけど…

「もしもし?はい、そうです、だから、その後にキャバクラです」

また、電波が悪いのか、上司の飲み込みが悪いのか、何回も言いよるがな、そのフレーズ。電波改善するか、上司の理解度高めたれよ、この真面目君、頑張っとるんやから。

「えぇ、そうです。その後にキャバクラです」

まだ言うとる。もうええわ。笑ろてもたがな。

そうやって肩を揺らしながら、地元の駅を降り、家路をひた歩いてると、前から、おっちゃんおばちゃんが並んで歩いてくる。
夫婦で、ウインドブレーカーなんか着て、夜にウォーキングいうやつですね。

そう思ってほのぼのしてると、どうやら、夫婦、大喧嘩してる風情で、こちらに向かってくる。大喧嘩というか、旦那さんのほうが一方的にキレてるみたい。

「○×○△なんじゃ、コラ!」

みたいに、なんか怒鳴りつけてる。こりゃ穏やかじゃない。
ぼくのほうに近づくにつれて、怒声の内容がハッキリ聞き取れた。

「そやから、カンボジアなめんなよ!」

ん?カンボジア?

「だから、カンボジアをなめるな!」

ん?カンボジア?

「わかったか!なめんなよ、カンボジアを!」

は、はい。わかりました。カンボジアのことは決してなめません。
何の会話してて、なぜ火がついて、なぜに奥さんを怒鳴りつけてるんだ、このおっちゃん。意味がまったく分からんし、逆に、奥さんは、旦那をこうまでさせるほど、どのように、カンボジアのことをなめ腐ったのかが、気になる。

と、春が近づくと、こんな陽気でファンキーな光景に出会えるもんだから、日本もまだまだ捨てたもんじゃないと、安堵。
もっともっと、日本が、規格外に、型破りに、常識外れに、小さくまとまらず、コンパクトにならず、破天荒でありますように。

デタラメだもの

20130320