デタラメだもの

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。エッセイです。

2019年02月

券売機の前では人生をどん底に突き落とすほどのトラブルが巻き起こることがあるから気をつけたい。『デタラメだもの』

並ぶ、という行為の威圧感に異を唱えたい団体代表を務めて久しい。元来の気の弱さが邪魔をして、特に券売機と対峙した際、その威圧感に飲み込まれてしまう。

例えば美味で有名なラーメン屋。愛好しているがゆえ、お昼時によく足を運ぶ。オーソドックスな横浜家系のラーメン屋。その店の定番ラーメンは、既に幾度となく食している。が、その店舗、店前に看板を出し、その他のジャンルのラーメンやら、いかにも美味しそうな添え品やらが宣伝されている。

定番ラーメンの美味さは既に知っているがために、その他のジャンルにも手を出したいし、腹ペコリンの折りには添え品にも手を出したくなる。しかし、ここで問題だ。その店舗、店前の券売機で希望商品の食券を買わせてから入店させるという制度を導入しているのだが、解せぬことに、僕が券売機の前に立ち、数多のボタンを眺めた刹那、必ず他の客が僕の後ろに並ぶ。人気店だから仕方がないのは承知のうえだが、必ずといっていいほど、並ぶ。

元来の気の弱さを持ち合わせた僕は、後ろに客が並ぶことで平常心をかき乱されてしまう。僕が商品選定をモタついた暁には、そいつが腹ペコリンに耐えられなくなり、僕に何らかの暴言を吐くかもしれない。もしかすると、僕が商品選定をモタついた暁には、腹ペコリンの後ろの客の、そのまた後ろに、新参者の腹ペコリンの客が立ち並び、行列の様相を呈するかもしれない。

この世がスムーズに進行するためには、僕がさっさと商品選定を済ませ、一目散に店内へと姿を消すほか、ない。

この威圧感、重圧には大敗以外の経験がない。だから、幾度となく足を運ぶラーメン屋において、僕は今なお、定番ラーメン以外の商品を選定できたことがない。店前の看板の美味しそうな他ジャンルのラーメンやら添え品を渇望しているにも関わらず、それをオーダーできたためしがない。それは完全に、後ろに立ち並ぶ客の「早よせぇや、こちとら腹ペコリンで参上しとるねん、一秒でも早う商品選定せぇや!」の無言の圧力に大敗した結果、押し慣れた定番ラーメンの発券ボタンしか押せないためだ。

だって、他のジャンルのラーメンや添え品の発券ボタンが券売機の中に乱立するボタン類のどこに位置するかを発見するためには、かなりの時間が必要になる。そんな芸当を瞬間的にやってのけろ、というほうが無理難題だ。後ろに立ち並ぶ野郎も、僕の視線が券売機のボタン類を右往左往しているのを知った暁には、恐らくだが僕のことを暴行してくるに違いない。たかだかラーメンを食べに訪れただけなのに、暴行されてしまってはたまったもんじゃない。

そうやっていつも、諦め、定番ラーメンのボタンを押す。

ここでひとこと、言ってやりたいわけだ。それは、「俺のほうが先客だぜ」ということ。俺のほうが先に店に到着しているにも関わらず、俺のほうが不利な仕打ちを受けるとは何ぞや。なんだって先に到着したほうが良き目を見られるのは世の常じゃねぇのか。オールスタンディングのライブハウスだって、箱に先着したほうが先に箱に入れるし、ステージ前の良きポジションを確保できる。先客有利の理論だ。

にも関わらず、ラーメン屋の店前では、先客である僕が、常に不利な状況を強いられる。そりゃ後ろの野郎は、じっくり選ぶだろうよ。他ジャンルのラーメンや添え品をネチネチと選ぶだろうよ。そのラーメン屋の商品ラインアップを、心行くまで堪能するだろうよ。定番ラーメンしかオーダーしたことのない弱者の俺を尻目にな……。

元来の気の弱さに悔しさを噛み締めつつ生きていると、さらにエスカレートした事態にまで発展することがある。つい先日、奇しくも別のラーメン屋でそれは起こった。こちらは店内に設置された券売機前での出来事だ。

その店の券売機は一風変わっていて、デジタル方式。画面上のボタンを巧みにタップし、希望の商品を選定するタイプの券売機だ。

まず、使い方に慣れていない券売機という点、そして、複数提供されているジャンルのラーメンを検討するのに、操作画面上に設置されたタブをタップし、ジャンルを切り替えながら検討していくという、デジタルリテラシーを要する選定方式を用いた券売機だという点、それらが僕を地獄のどん底に突き落とした。

操作方法がわからずアタフタしていると、あろうことか、後発の客が入店しやがった。僕は絶望した。その日、ラーメンを無事に食し、店を後にする自分の像が脳内に描けないくらいに。

千円札を機械に通し、あっちゃこっちゃのタブを押しまくる。希望の商品を選定するも、後ろの客に気を取られ、希望の商品すらも脳内で想像できず、タブレット端末を手渡された猿のように、ただ押す、ただ押す、ただただ押しまくる。

もはや後発の客はキレているだろう。このガキ、商品選定にもたつくくらいだったら、「わたし、まだ希望の商品を検討し切れておりませんの。よろしければ先にお選びになってくださる?」とか何とか言えんのかボケと、胸中穏やかじゃないはずだ。

ええい、ままよ。もう、ええわい。その日は、あっさりしたジャンルのラーメンを欲して入店してはいたものの、もう目に飛び込んだこれでええわい。自暴自棄になり、僕は、赤辛ラーメンとかいう、ひときわ辛そうな商品を選定した。

が、不運はこんなもんじゃ終わらない。実はその券売機、商品を選定しただけじゃオペレーションが終わらず、発券というボタンを押さねば、機械との対話が終了しないタイプの券売機だったのだ。

赤辛ラーメンを選定したことに安堵し、任務を終えたと勘違いした僕は、余裕をかまし立ち尽くしていたのだけれど、一向に食券が発券されない。あっ、もうひとボタン押さねばならんのか。デジタル画面の右下隅に発券という赤色のボタンが存在することを知った刹那、鼻歌を歌い立ち尽くした数十秒を後悔した。

そして、その発券ボタンに気づいた僕は、人生でも上位にノミネートするほどに狼狽し、慌てふためき、額からは大量の冷や汗を垂らしながら、俊敏な動作で画面上のボタンに手を伸ばした。

実は、これまでの寸劇は序章に過ぎない。ここで本日の不運劇場の開幕のベルが鳴ったのだ。

画面上のボタンに伸ばした僕の手、僕の指は、発券という赤いボタンを押さずに、なぜだか知らぬが、払い戻しという黒いボタンをタップしてしまったのだ。

後々思い返してみると、この刹那、僕の脳内では、発券・払い戻し、それぞれ言葉は違えど、どちらも食券を発行するという同義の意味を持つ言葉だと解釈してしまっていた。だから、どちらのボタンを押下しても良し。もちろん、払い戻しでも良し。食券が発券されてくるだろうと、至極当然のように僕の指が動作していたことを朧げに記憶している。

世は無情。当然のように券売機は、発券ではなく、別の動作のために異音を発し唸る。しまったぁぁぁぁぁ。払い戻しは券売機に挿入した金銭を払い戻すためのボタンであることに、遅れ馳せながら気づいた。心の中の咆哮が、世間に漏れ出していたかもしれない。それほど大きな叫び声が、心臓付近のハートの中をつんざいた。

どうしよう、どうしよう。後発の客にズブリと刺されるかもしれない。腹ペコリンの恨みは想像を遥かに超えるはず。券売機から吐き出された千円札を強引に引き取り、脇目も振らず退店してやろうか。そのまま他の都道府県まで逃げ切ってやろうか。

その後の戦略を立案しながら吐き出される千円札を待ちわびていると、券売機はさらに僕に追い打ちをかける。なんと、券売機の画面上に、『発券しています』という表示がなされたのだ。

なぜ? なに? なぜ発券? なにを発券?

発券ということは商品を選定できたということか。やはり、発券・払い戻しは同義の意味で合ってたじゃあないの、僕チン。僕ってば、やっぱり冴えてるじゃあないの。赤辛ラーメン、買えてんじゃあないの。そう理解した僕は、誰もが嫌悪するほどの不敵な笑みを浮かべていたはずだ。

発券口に切符程度の大きさの紙キレがストン。勝った。俺は券売機に勝った。後発の客よ、ようやく商品選定のフェーズへと進めるぜ。良かったな同志よ。

食券を取り出し、チラッと視線を落とす。不運のデビルは、まだ僕を解放してはくれなかった。そこにはなんと『お預かり券』という意味のわからないフレーズが印字されていた。え? 何をお預かり? ここ銀行? お預かり券が果たす役割とは? 貯金? 預金? え? なに? というか、僕の千円札は、なぜにお預かり券に化けたの? その理由は? 原理は? 僕の千円札どこ行ったの?

あの刹那ほど、脳内が真っ白になったという喩えに相応しい瞬間はなかっただろう。ここから僕はさらに崩壊する。

お預かり券を取り出した僕は、当初それとは気づかずにいたため、既に券売機から半歩進もうとしていた。が、お預かり券ではラーメンが食せぬと察知した僕は、後発の客が券売機へと一歩前に進まんとしているのを制止し、再び券売機前に立ってやった。がはははは、後発の客よ。俺が噂の、狼狽しながら何度も券売機に立つ漢だ。俺の凄みにひれ伏しやがれ。ふはははは。

僕は俊敏な手さばきで、サイフから新たな千円札を取り出し、券売機に挿入。押し慣れた赤辛ラーメンのボタンを押下する。俺様の学習能力を見くびるなよ。この次は発券ボタンを押すのだ。そうしないと大変なことが起こる。同じ過ちは繰り返さない。そして、豪快に発券ボタンを押す。

と、同時だった。キッチンの中にいたラーメン屋の店員さんが、「払い戻しされました千円でございます」と、濡れた手を前掛けで拭いながら持ってこられた。

わかっているだろう? 僕の脳内は既に、小学校低学年が解くレベルの問題を突きつけられただけでも、畏怖しお小便を垂れ流してしまうほどに、グチャグチャな状態になっている。赤辛ラーメンを発券し終えた僕には、店員さんが持ってきた千円札を受け取る資格も権利も義務もないと判断した。

で、「あっ。もうラーメン買ったんで、大丈夫です」

と、満面の笑顔で、千円を受け取ることを辞退したのである。

店員さんは、その千円が何なのかを、何度も僕に説明してくれはしたものの、僕は既に見ざる・言わざる・聞かざるの状態に陥っていたため、呆けた笑顔で会釈してばかり。店員さんは、僕の態度を怪訝がるも、僕は呆けた笑顔で会釈してばかり。

赤辛ラーメンを食べ終える寸前くらいに、あっ、お預かり券って、払い戻しのお金と交換するための券だったのか。だから店員さん、わざわざ僕に千円札を持ってきてくれたのか。あれは払い戻しのお金だったのか。そもそも、僕のお金だったものを、店員さんが持ってきてくれたのか。僕にはそれを受け取って然るべき理由があったんだ。

と気づいたものの、ここでまた、元来の気の弱さが邪魔をする。払い戻しのお金を拒絶するという阿呆な態度を取り続けてしまった。そんな人間の交渉に、再び店員さんが応じてくれる可能性は極めて低い。単に「千円、払い戻してください」というのとはワケが違う。ハードルが高すぎる。棒高跳びの競技に、棒を持たずに参戦しているに等しい。

元来の気の弱さを持ち合わせたこの僕が、やっぱりあの千円、戻してもらえますか? と言えたかどうかは、読者の皆さまの想像にお任せすることにする。

デタラメだもの。

20190224

伝える、という行為は難しいもの。しかし、言う、という行為そのものも、また難しいものである。『デタラメだもの』

これ以上、言うてええのんか迷うわ。という話なんだけれども。
あと、それに加え、いやいやなんでそんなことできるの、まっとうに育てられてないの? という話へと展開しようかと思っている次第で。で、そこから、「いや、まだ続くんかい、この話!」っていう話で進めてみようかと思います。

飲食店でよくある光景なんだけれども、お店の混雑時、ホールの店員さんが忙しなく動き回っているとき、ありますよね。ただ、こちとらの席では、もはや数分前にビールジョッキが空っぽになり、「次、ビール頼むときに、コレとコレとアレとアレと、あっ、ソレも一緒に頼みましょ!」と作戦会議もとっくに終了済み。

ただ、店員さん、忙しなく。周りのお客さんは、忙しそうな店員さんに対しても容赦せず、忙しないのはそっちの事情、こっちは早よ注文したくて仕方がないねんと言わんばかり、語気を荒めて呼び止めるや、やや怒鳴り気味に注文したりする光景がチラホラ。

まぁ、店員さんも忙しそうやし、無理やり呼び止めて注文するのも品がない。手が空いてそうな店員さん来たら言いましょか。と、空っぽのジョッキを眺めながら自分たちを宥めながら。

ただ、さすがに10分以上が経過してしまったら話は別。そろそろ店員さん呼び止めますわと、店内を凝視。もう、通過しそうになった店員さん誰でもいいから呼び止めて、早よ注文しないと場が白ける。そう思い「すんませーーん!」と声を張り上げる。

いかにも忙しなさそうな店員さんが来てくれた。

「はい?」
「あの注文いいですか?」
「どうぞ」
「ええとですね、生ビールふたつと、それからコレと、あとコレと、でアレとアレと……」

店員さん、あまりに忙しないためか、注文を受け付ける機械みたいなやつを持たずに、当方のオーダーを聞き取っている。このパターン、危険が潜んでいるのだ。

店長クラスで仕事がバリバリできる人なら、いちいち機械に入力せずとも、お客さんの大量の注文を脳に記憶できて、それをキッチンのスタッフに正確に伝えられる。もはや道具に頼らなくとも業務を遂行できるスキルを持ち合わせた人のパターンだ。

一方、それほど大量の注文が一度にくることはないだろうと高を括り、また忙しさも相まって、さらには自分の記憶力を過信して、機械を取り出すことを辞したうえで注文を聞き取ってやろうという勇んだ野郎のパターン。

後者の場合、必ず注文の聞き漏れが発生する。頼んだやつのうち、必ずどれかはこない。そうなってしまうと次に気がかりになるのが、注文を聞き漏らしたがためにそもそもオーダーが通っていないパターンか、それとも注文は聞き取りあとあと機械に入力したものの、それをキッチンに伝え忘れるなどし、オーダーだけが通ってしまい品が運ばれてこないパターン。後者の場合、しっかりと請求はされる。そして、レジでモメる。レジが混んでいるときは、他のお客さまを待たせるのも品がないし、「まぁ、二品くらいやし、しゃあないか……」と泣き寝入る。そんな悲しき顛末が訪れる。

だから、機械は絶必で取り出して欲しい。取り出したうえで注文を聞き取って欲しい。が、相当に忙しいのだろう。無理は申せぬ。当方、10分以上も注文ができずにいたがために、注文することそのものに飢えている状況下。もはや機械の有無は問うまい。

とのことで先のセリフ、「ええとですね、生ビールふたつと、それからコレと、あとコレと、でアレとアレと……」。

ちょっと待った。この段階まで注文したところで、店員さんの奴、内心、「あれ? 思てたんとちゃうなぁ。ビールおかわり、くらいで呼び止められたと踏んでたんやけども。こいつら予想外にフードのオーダー出してくるやん? 機械出さな覚えられへんやん……。でも、いまさら機械取り出すのも奇妙やし、ましてや機械に頼ろうと決めた瞬間に、今まで脳内で覚えていた注文内容、たぶん忘れてしまうやん。どうしようもでけへんやん。もう手遅れやん」と、思ったはず。

なぜなら、表情が一気に曇り始めたからだ。

いやいや、こっちが気を使わなあかんこと? せっかく忙しない状況のなか、この卓で立ち止まってくれたわけやん。機械出したら済んだ話やん。どうしたらええの? このままあと数品、注文言い切ってしまいたいんやけども。もう、僕、覚えられませんねんってな顔しはじめてるやん。俺の表情から、白旗を感じ取ってくれ、みたいなってるやん。どないしたらええのん? 言うで言うで、注文全部、言うてしまうで。機械出さなかった自分自身を恨みや。いやいや、そんな表情されたら、これ以上、言うてええのんか迷うわ。

結局その夜、イカの塩辛とポテトサラダが卓に運ばれてくることはなかった。

そんな風な店員さんに対するマキシマムな配慮を持ってして、不運な結末を迎えている今日この頃ですが、常々疑問に思うことがありまして。

それは仕事の場面でよく遭遇するシーンなのです。やれデザインしたりやれ文章を書いたりする仕事に従事しているもんだから、よくお客さまから修正指示というものをもらう。それは、間違っている箇所の訂正、というようなものではなく、「もうちょっとここを丸にして欲しい」だの「ここを『ワタシが』じゃなくて『アタシが』にして欲しい」だの、作ったものをお客さまの要望通りに変形していく作業ですわね。

まぁ、ありがたいことに、常時20~30本近いお仕事に携わらせていただいておりまして、ご担当者さまともなると一日に20人近くの人とやり取りすることなど珍しくもなく。ともなると常日頃、自分が誰の何の仕事をしているのかすら見失ってしまうような過酷な状況におりまして。まぁ、それは楽しくやらせてもらっているのでいいのですが、そこで珍妙な場面によく出くわすわけです。

電話が鳴る。

「あ、もしもし?」
「アホンダラ代理店の阿呆駄羅王と申します。えっとですねぇ、このオレンジの四角形をですねぇ、赤色の丸に変えて欲しいんですよぉ」

いやいやなんでそんなことできるの、まっとうに育てられてないの?
ちょっと待って。誰? 誰の何? 誰の何の仕事のどの部分のオレンジ?

ある程度常識を欠いた私ですら、電話口の相手が今、自分が話したい用件である仕事に取り掛かっているとは限らないこと、たとえ取り掛かっていたとしても、相手が自分と同じ資料を見ている可能性は著しく低いこと、たとえその奇跡が起こったとしても、その刹那、同じオレンジの四角形には着目していないであろうことくらいは容易に想像ができる。

きっと、子どもでもできる。

どの案件のことかくらいはまず伝えられるはず。資料の説明をしたいから、手元に資料を用意して欲しい旨のお願いくらいできるはず。資料内のどのオレンジの四角形の部分かくらい、紙面の右端だの中央下あたりだのと説明できるはず。そんなこともできずに、よく大学卒業できたね、よく結婚できたね、よくお子さんを育てられるね。と思う人が、社会には実に多い。忌々しき問題だ。

あと何でしたっけ?
あっそうそう、「いや、まだ続くんかい、この話!」という話ですわ。

文字数も多くなり過ぎましたし、どうにも文章の精細を欠いている様子ですし、もしこれ以上、ダラリダラリとこの口調でお話を続けてしまいますと、何より読者さまの胸の内で、「いや、まだ続くんかい、この話!」と思われてしまうこと不可避。そろそろこの辺で、話を締めさせていただきたく。私、オレンジ色の長方形を修正する作業が残っておりますので。

デタラメだもの。

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著者

常盤英孝(ときわひでたか)

《3分後にはもう、別世界。》 3分程度で読めるショートショートと呼ばれるショートストーリー書き。 あとは、エッセイやコンテンツライティングなどの物書き全般と、Webデザイン、チラシデザイン、広告、Webマーケティング、おしゃべりなどをやっています。

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