ここ数週間、大きなお仕事をいただけたことにより、やってもやっても仕事が終わらず、タクシーで帰宅する日々。ドロンドロンにくたびれた、と表現してしまうほどにヘロヘロしながら、すがる思いで右の手を挙手、止まっていただいたタクシーに、すがる思いで乗り込む。

元来、タクシーに乗車した際は、人との貴重なトークの場だと、しゃべりたそうにしている運転手さんの雰囲気を察知するや否や、会話をおっぱじめ、できるだけたくさんの笑いを生もうとしゃかりきになってきたものの、さすがに疲労も極み、ふと、黙っていても家まで運んでくれる、この時間も休息として活用せねば、体がくたばってしまうということに気づき、しゃべらなくなったばかりか、いっそ眠ってしまおうと、瞳を閉じるほどに堕落した今日この頃。

が、ある日、その沈黙を破るようにして、運転手さんのひと言が、車内にこだました。「お客さん、ポケモンGOってやりはりますか?」と。

乗車した会社付近から家までの、ちょうど半分くらいの道のりを来たあたり。こっちとしては、降車までこのまま沈黙が続くであろうと思って当然のタイミングで、ビクッ、怯えるほどに驚いてしまった。しかし、しゃべりたそうにしている様子を察知した僕は、そのフレーズを機に、会話を始めた。

「そうですねぇ、ボチボチやってますよ」と返事。するとタクシーの運転手さん、「いやねぇ、僕らタクシー運転手って、ある意味、ポケモンGOをやってるようなもんなんですよ。街なかで手を挙げているポケモンを探す旅っちゅうか。言ってみれば、タクシーGOですよねぇ、なははは」
タクシー運転手さんの平均年齢からすると、少し若め。真面目そうな人柄のタクシー運転手さんは、そう語り始めた。むむむ、なかなかハードルの高い会話。これをどう料理するのか、腕が試されている。タクシーGOというボケに対して、そのネタを広げて行くのか、それともそのフレーズに早々と限界を見出し、ポケモンGOに関する一般的な時事ネタに逃げるのか、かなり悩んだ末、一旦はそのネタに付き合ってみる、そして、天井が見えそうなら、時事ネタに逃げてみる、という選択肢を選んだ。

しっかりと戦略を立てた結果、話はかなり盛り上がり、愉快に笑ってくれる運転手さんだったことも手伝って、車内はとても和やかなムードのまま、降車位置に辿り着いた。
疲れきって沈黙していた僕に対し、渾身のネタを放り込んでくれた運転手さんへの感謝の意味も込めて、降車の際、「じゃあ、気をつけて次のポケモン探してくださいね! レアポケモンをゲットできること期待してますよ!」と言い残し、タクシーを降りた。ドアが閉まるまで、車内には運転手さんの愛想のいい笑い声が響いていた。

和やかなポケモン話に花を咲かせた翌日、またしてもタクシー帰宅。同じようにくたびれ、昨晩と同じ場所で右の手を挙手。何日こんな日が続くんだと、肩を落としながら、停車したタクシーに乗り込む。本日も、休息させてもらおう。しばし瞳を閉じて、仮眠させてもらおう。走行するタクシーの軽い振動に身を任せながら、ウトウトしていたところ、昨日とほぼ同じ場所で、急に運転手さんが口を開いた。

「お客さん、ポケモンGOってやりはりますか?」
え? 昨日と同じフレーズ!? でも、昨日とは違う運転手さん。どういうこと!? 道中、昨日とほぼ同じ場所で全く同じフレーズが、沈黙の車内にこだました。
面食らってしまったものの、しゃべりたそうな雰囲気をしている運転手さんに無礼がないよう、「ボチボチやってますねぇ」と返事。するとタクシーの運転手さん、「昨日ねぇ、南森町のスナックの界隈で、常連のお客さんを待って停車してたんですわ」と話し始めた。

「対向車が通れないくらい細い道に車を止めて、お客さんが来るのを待ってたんですね。そしたらね、道の向こうから二十代中盤くらいの女性が歩いてきましてねぇ。ポケモンGOやりながら、こっちに車が止まってるのを見もせず、気づきもせず、真っ直ぐ歩いて来はったんですわ。私ねぇ、危ないと思ったもんだから、軽くクラクション鳴らしたんですわ。夜道で車の存在に気づいてないのかなって思ったからねぇ。そしたらね、私の車の横を通り過ぎるときにね、その女性ね、クラクション鳴らさんでも分かってるんじゃボケッ! って暴言吐きよったんですよ。私ねぇ、腹立ってねぇ! 今でもまだ腹の虫が治まらないんですわぁ……」

九州弁で静かに怒りを露わにする運転手さん。プロの運転手として、その暴言はやはり悔しいものだろう。歩行者とモメてしまっては、呼び出してくれているお客さんにも迷惑をかけてしまう。その思いから、腹に力を込めて、怒りを飲み込んだそうだ。言葉の端々から、あまりにも根深い怒りが伝わってきたので、その怒りをほぐしてあげる意味も込めて、「でも、それって、ポケモンGOやってたとは限りませんよねぇ…(笑)」と合いの手を入れてあげ、「よく考えたら、ほんとですねぇ。ポケモンGOのせいにしたらダメですねぇ(照)」と、和む場面も作ってあげた。

近ごろの若者は礼儀が全くなっていない。若い乗客でも、降車時にお札を放り投げるような輩もいる。中には丁寧にお礼を言ってくれる若者もいるが、ガラの悪い連中もたくさんいると、かなり愚痴っておられました。九州訛りが余計に、大阪に出てきた男の侘び寂びを物語っているようで、単純な愚痴話にも関わらず、一人の男の人生を垣間見ているようで、とても興味深く聞き入ってしまった。

タクシーの降車時、「この話ねぇ、誰にもするまいと決めていたんですけど、しゃべってしまいましたわ。でも、ちょっとスッキリしました。怒りもちょっと収まってきました。ありがとうございます」と、丁寧に礼まで言ってくだすった。すごくいいことをした気分になった。タクシーで帰宅せねばならん時間まで働く日々は、笑顔で許容するにはまだ器の大きさが足りていないかも知れないが、こんなサプライズがあるなら、まだまだなんとか頑張れそうだと、小さく拳を握りしめる自分もいた。

しかし、ふと、こんな風に思った。タクシー組合なるものがあって、タクシーだより的な回覧板なるものがあるなら、こんな風に書かれていたんじゃなかろうかって。
話したいネタがあって、お客さんに耳を貸してもらいやすくするための今月の定番フレーズは、「お客さん、ポケモンGOってやりはりますか?」ですよ、と。

デタラメだもの。

20160912