くはははは、ついに痩せることができた。ついに痩せることができた。

年齢を重ねると人間、わずかばかりの小金を持つようになり、そうなると、うまいもん喰いたいと、生意気にお店などを選びはじめ、舌鼓を打ちはじめたりする。
その結果が、だらしないボディライン。ハングリーとはほど遠い仕上がり。貪欲さの欠片もないプロポーション。意識はすれど、痩せるはずもなく、醜くなる一方。
長渕剛のSTAY DREAMの歌詞を、自分に置き換えて、心に染み込ませながら聴き入っている最中も、「くよくよするなよ あきらめないで Just Like a Boy その痩せこけた頬のままで」というサビの部分で、痩せこけているどころか、無駄な贅肉に覆われた自分の頬を思い、流れていた感涙も逆流するような苦々しさを噛み締めはじめて、もうどれくらいが経つだろう。

それがだ、くはははは、ついに痩せることができた。ついに痩せることができた。

ロクに仕事もようできない自分のような人間が、なまじっか大きな規模の案件に手を出すと、痛い目に遭うわな。お客さまはプロジェクト成功の夢を見ていらっしゃるので、その夢を覚ますような醜態を演じてしまうと、そりゃ寝起きも悪くなられるゆえ、要するに、「何をしとるんじゃおのれ! 中途半端なことしとったらいてまうぞ! 不眠不休絶食絶飲で、ワシにもう一度、夢見せたらんかい!」と、胸ぐらを掴まれつつ、そのまま持ち上げられつつ、足先が宙に浮きつつ、そんな状態の折り、舌を巻きながら申されたわけで、「ひいいい、すみません。不眠不休絶食絶飲でやらせていただきやすぅぅ」と、脊髄反射で返答。

気づけば、九十時間、不眠不休で仕事をしていた。事務所から帰宅も許されず。その間、お食事に関しては、早朝、人の目がない時間帯に、牛丼チェーンで二度だけ食べた。髭は放置。風呂も入れない。歯も磨けない。まるで、ひと昔前の大都会東京の繁華街。栄華が終焉を迎えた朝方に、路上に散財した黒いゴミ袋。それをついばむカラスたち。カラスの嘴にこじ開けられ、路上に散ったゴミ。そのゴミを車が踏みつける。地面にめり込むゴミ。ちょうど、その地面に埋め込まれたゴミのような風体に成り果てていた。
最終的には、PHPと呼ばれるWebプログラミングをしている最中、意識が飛んだ。キーボードに両の手を置いた状態で、首をもたげて死んだ、否、寝落ちした。そんな不自由な態勢にも関わらず、三時間近く寝落ちしていた。眠っているにも関わらず、エチケットを気にしてか、お口エチケット用のタブレットを口に放り込んでいたらしい。

まあ、そんなことはどうでもいい。無能な人間からすれば、こんな事態は、二ヶ月に一回あってもおかしくはない。そんなもんだ。人様が帰る時間帯に帰れることなんてない。人様が休んでいる間に休息できることなんてない。人様が大型連休を満喫している間に、ようやくタバコの一本でも吸えるってなもんだ。

言いたいのは、そんなことじゃない。よう働いた自慢や徹夜アピール、休日出勤アピールなんかしている時点で半人前。そんなことはどうでもいい。
地獄のような数日を過ごした結果、痩せた。痩せたんだ。ふと目をやると、お腹まわりの贅肉が姿を消している。ズボンがブカブカになっている。顎のラインがシャープになっている。身体が軽くなっている。ちょっとジャンプするだけで、メリーポピンズのように、フワフワと浮かんで行ってしまいそうだ。体重計に乗ってみる。なんと、三キロも痩せているじゃあないの。くはははは、笑いが止まらん。

これは便乗すべきだ、この機会を活かすべきだ、一斉に畳み掛けよう。そう考えた僕は、その日以降、毎日毎日、チェーン店のかけ蕎麦だけを食べ続けた。二百十円だ。しかも、汁は飲まない。麺だけを喰らう。とてもひもじい。食べた直後から、もうお腹が減っている。満腹感などない。でも、だらしないボディラインは嫌だ。「くよくよするなよ あきらめないで Just Like a Boy その痩せこけた頬のままで」の部分で、感涙が逆流するのだけはごめんだ。しかも、お昼代を削ることで、財布からお金が飛ぶこともない。なんという完璧なプランなんだ。

そんな日々をひたすらに続けた結果、一ヶ月弱で五キロも痩せた。すべてのズボンは廃棄処分せねばならない。これまで履いていたズボンとウエストの間には大きな空間ができる。カンガルーの子どもくらいだったら、きっと入れてあげられることだろう。身体が軽すぎる。全盛期のマイケルジョーダンの踏み込み位置よりも、少し手前からジャンプして、軽やかなスラムダンクをぶち込めるくらいに軽い。

何のことはない。ダイエットに成功したという話だ。地獄のような数日間を経て、ダイエットに成功したという話だ。思い返せば悲壮な数日だった。僕はこれを、胸を張って、獄中ダイエットと呼ぼう。あんな数日は、二度と経験したくない。
でも、ダイエットには成功した。鏡で自分の顔を眺めてみると、以前よりもスラッとして、まるで昭和のアイドルのような微笑みをたたえている。

そんな調子で、ふふふんと鼻歌を歌いながら日々を過ごしていると、どうやらお客さま、まだまだ仕上がりに不満足だったようで、依然、憤慨している模様。再びあの怒声。「約束してたもんとちゃうやろが! このボンクラ! さっさとやり直さんかい! 数日間猶予を与えたるから、さっさとやり直せボケ!」と、胸ぐらを掴まれつつ、そのまま持ち上げられつつ、足先が宙に浮きつつ。しかし気づいたかい、お客さんよ。今、あんたが胸ぐらを掴みつつ、そのまま持ち上げつつ、足先を宙に浮かせている男、以前よりも軽くなっているだろう。気づいたかい? この麗しき変化に気づかないようじゃ、まだまだ俺のほうがうわてだぜ。その証拠にほら、胸ぐらを掴んでいるその手を離してごらん。地に降り立つ俺の身体の滞空時間は、誰よりも長いぜ。まるで綿毛だぜ。フワフワと地に足をつけるぜ。気づいたかい?

胸ぐらを掴まれながら、得意気にそんなことを考えた僕は、「くはははは、俺様はダイエットに成功したのじゃー!」と叫んだ。というところまで妄想を終えると、四十回近く小刻みに首を振りながら謝罪し、「ひいいい、すみません。不眠不休絶食絶飲でやらせていただきやすぅぅ」と、涙目になりながら仕事を進めた。こんな苦い涙は、ぜひとも、瞳へと逆流して欲しいもんだ。

デタラメだもの。

20160326