「かんぱ~い!」
とかいう光景は、あちこちでよく見かけるもの。大人になれば、定例行事やら祝い事やらも多くなり、半ば強制的にそれらに参加せざるを得なくなるため、殊更にそういう光景を目にしがち。

しかし、なんなんだろうね、ああいう儀式っていうものは。
元来、人と同じことをやることが嫌いな性分もあって、またさらに、人と同じことを同時にやることが嫌いな性分でもあるため、「かんぱ~い!」とか、一本締めやら三本締めやらは、もってのほか。自分の中で忌避したくなる儀式なわけである。

とは言え、大勢で何かをやることそのものが嫌いかと言われれば、そうでもない。ライブハウスでもみくちゃになってパンクロックを嗜むことも大好きだし、祭りで地車やら神輿やら、そういうものも大好きなわけで、何でもかんでもを拒んでいるわけではない。

じゃあ、「かんぱ~い!」とか、一本締めに関しては、何が忌避すべきポイントなのだろうかと考えてみる。すると、ものの数秒で答えが出た。きっと、やりたくないことだからだ。もっと言うと、やりたくないことを、やりたくない人たちと一緒にいながら、やらされるからだ。簡単だった。もう、原稿、終わらせるべきだろうか。文量足りてないぞ。こんな貧相なネタでは、撮れ高的にアウトだぞ。よっしゃ分かった、もうちょっと書こう。

ライブやら祭りやらには、別に強制感がない。自分の好きなときに叫ぶもよし、好きなときに地車を引くもよし、飛ぶもよし、泣くもよし、吐くもよし、帰るもよし。とにかく自由なわけだ。
それに比べて、「かんぱ~い!」のシーンでは、まず、一緒にいたくもない連中といる時点で、解せん。そして、そいつらと和気あいあい、同じ程度の高さにグラスなどを持ち上げ、聞きたくもない演説調のセリフを聞かされる。ここで、演説を指名されたおっさんなどが、「おいおい! えらい急やないか。なーんも言葉考えとらんぞ! 六甲おろしやったら、すぐにでも歌えるけどなあ! ギャハハハハ」などと、モジモジし始め、会場が愛想笑いに包まれる瞬間などは、思わず、握りしめたグラスを握力で木っ端微塵にしたくなる。

そうして、いざ、「かんぱ~い!」となるわけであるが、もとより、一緒にいたくも何ともない人間たち。その行事が目出度い会だとしても、隣に存在する人間とCheers!する仲ではないゆえ、そいつらとグラスをコツンとやる義務も義理もない。
そういう刹那、興味本位でいつも、瞬時に会場中の人間たちを観察してしまう。もとより、一緒にいたくもない連中と、Cheers!するわけだから、グラスをコツンコツンやる挙動に込められた気持ちも浅く、何席隣までの人間と、コツンコツンをやればいいのか微妙で狼狽している人間もいれば、コツンとやるのか、コツンとやったジェスチャーをエアーで済ませるだけでいいのかの礼儀に迷って狼狽している人間もいれば、コツンを要求されているにも関わらず、気づかずにクイッと飲み始めちゃった刹那、コツンを要求されていることに気づいちゃって、慌ててグラスを口元から外し、数センチ飲んじゃったグラスを要求元の人間にコツン、なんて滑稽な景色もあるわけで。

そんな滑稽な景色の一つになりたくない僕は、グラスもおへそのあたりで構え、同じように人間観察をしている人間にロックオンされた場合、「こいつ、まさかグラスを持ち上げてないんじゃ!? なんて強者!」と思わせるべく、限りなくテーブル付近にグラスを構えている。イメージで言えば、和田アキ子が「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌うとき、絶好調にビブラートを伸ばす際、自身の身体とマイクとを限りなく離しますわね。あれくらいの位置のイメージですわ。
ちなみに余談ですが、ダイナミックマイクと呼ばれる、ライブなどで使用されるマイクは、マイクの集音部にできるだけ口を近づけないと音を拾わない特性を持っているため、あれほどまでにマイクを離してしまっては、本来、音が拾えない。なので、絶好調にビブラートを伸ばす際、あれほどまでにマイクを離されてしまってはアウト。きっと、ミキサーブースでは、マイクのボリュームを手作業でグウィィィィンと上げてやり、微かにしか集音できていない声を、ミキサー側の調整で、最大限に大きくするなどの作業を、和田アキ子のマイクの挙動に合わせて、やってのけているだろうことが予想される。いかん、脱線した。

なんの話してたっけ? シフォンケーキって、あんまり甘くないから食べやすいよねって話やったっけ? 違う違う、乾杯の話や。

乾杯のときに、グラスをおヘソあたりで構え、「かんぱ~い!」の掛け声はもちろん発さず、周りの人たちからのコツンコツン要求には、いち早く、エアーのみで対応し、すぐさまグラスを口につけ、一気に飲み干す。その後に巻き起こる拍手などの儀式には、一切参加せず、といった反抗期の中学二年生のような態度、素振りを、未だに続けている。

そういえば、某企業様のビッグイベントに裏方で参加させてもらった際にも、毎朝、イベントに参加する全社員が一同に介し、最もエナジーを持っている営業マンが壇上に上がり、「やるぞー!」「行くぞー!」などと、目も当てられないほどのステレオタイプなヤル気を見せていたわけで、それに呼応するが如く、他の社員たちも、「おー!」なんて、拳を突き上げたりなんかして、なんじゃこのうそ臭いノリは……と、裏方ゆえ、末席で見ていた僕であるが、興ざめも興ざめ、もしかしたら片側の口角が上がってしまっていたかも知れない。

祝い事が嫌なわけじゃないし、ビッグイベントをみんなで盛り上げることが嫌と言っているわけじゃない。やり方があるだろうよ、と。紋切型ではなく、強制ではなく、一人ひとりが自発的に動ける空間を、作ってみようじゃあないの。やりたくない人は、やらなくていいじゃないの。言いたくない人は、言わなくていいじゃないの。コツンコツンしたくない人は、エアーでもいいじゃないの。大切なのは、形式じゃなく、気持ちでしょうが。

形式ばった強制的な会が嫌い過ぎて、いついつでも、締めの挨拶の声の響きが乾かぬうちに、会場を後にするということをモットーにしている。
しかしそれにはリスクがある。店側に預けている例えば傘とか上着とかの類を、返してもらわぬまま、会場を後にしてしまうことが頻発するわけだ。

エレベーターや階段を降りている最中に、それに気づく。しまった、折り畳み傘を忘れてきた。あれ、ちょっとエエやつやったのに、クソッ。でも、もう後には退けん。そう思い、折り畳み傘への未練を振り払う。そして、屋外に出る。予想を遥かに超える豪雨。店から駅までちょと遠い。折り畳み傘は、あの忌々しき会場の中。

そんな夜、男は、無意味にびしょ濡れになって帰るわけです。

デタラメだもの。

20160214