デタラメだもの

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。エッセイです。

2015年07月

いつか連絡を取るかも知らん。そんな奴の連絡先なんぞ、持ってても仕方がないわ、消去消去。『デタラメだもの』

それにしても月日が流れるのは早いもんで、一週間など、あっと言う間に過ぎていきやがる。こんな感じで一週間があっと言う間に過ぎていくようならば、そりゃ一ヵ月だって早く過ぎていくだろうし、一年はもちろんのこと、十年、いや二十年、一生だって早く過ぎてしまい兼ねない。
その証拠に、若かりし頃は、「ああ、早く週末来ねぇかな? 仕事なんてダルくてやってらんねぇぜ。平日、ファック! 週末、最強! 平日マジでダリぃ。早く週末来ねぇかな!」などと、仕事のある平日を毛嫌いし、仕事のない休日を溺愛していたため、嫌な平日はやたらと長く感じ、ウキウキと過ごせる週末はやたらと短く感じ、「もうサザエさんやってるよ…。また明日から仕事だべ。長い平日が始まるわ…」と意気消沈していたものの、それがどうやらここ数年、平日さえもが短く感じているようで、嫌な嫌な仕事が延々と続く平日までもが短くなっているということは、元来短く感じていた休日はもちろん短く、そうなれば一週間というものは非常に短く、そりゃ『いのち短し 恋せよ少女』なんて素敵なフレーズが共感を生むわけだと妙に深く納得している今日この頃である。
こんなスピードで日々が過ぎて行かれた日にゃ、老いや死を意識せざるを得んがな。得んがなまんがな。

話は変わって、自分には、友人というものが居ない。「俺は友だちいないからなぁ」と、涼しげな顔をして言ってのけるような輩の数十倍、いや数百倍、深刻なレベルで友人というものが居ない。
もはや、この歳にもなると、「もう友人とかええわぁ」と達観してしまっているので、殊更に焦る必要もないが、自分という人間は、ほとほと人付き合いが出来ない人間だと痛感する。

ただ、痛感と言っても、痛感とは本来、自分が何かしらしでかしてしまったり、ミスしてしまったり、落ち度があったり、やらかしてしまったりしたその事後、やっぱり自分にはこれは向いていないだとか、やっぱり自分にはこの才能はないなどといった具合に、いわゆる『痛感』するもんだろうが、僕の場合は、周りから『痛感』させられると表現したほうが適切なのかも知れない。

じゃあお前さん、どういった具合に周りからそれを痛感させられているんだいと、多少なりとも興味を持ってくれる人もいるかも知れないので、ひと言でそれを言ってしまおう。つまりは、平素、誰からも連絡というものが入ってこないからである。
またしても、「俺も連絡なんて、平素、誰からも入らんぜ」と、涼しげな顔をして言ってのけるような輩が現れては困るので、先に断っておくけれども、そういった輩の数十倍、いや数百倍、深刻なレベルで、誰からの連絡も入ってこないのである、これ。

先にも書いたように、今ではすっかり達観してしまっているが、僕はその昔、友人知人というものと自分との関係性において、ある法則があるのではということに気づいてしまったのである。
それは何かというと、誰かと友人関係を継続していたとして、それを友人関係だと思い込んでいたとして、こちらからその友人と思い込んでいる人間に対して、ピタッと連絡を送ることを止めてみると、あら不思議、向こうからはこちらに、一切と言っていいほど、連絡を寄越しやがらないのである。
まさかと思い、別の、仮にBさんとしよう、そうなるとつまり、先ほどの誰かさんはAさんということになるので、こちらの誰かさんはBさんとさせていただくが、この友人と思い込んでいるBさんに対しても同様、こちらからの連絡を一切止めてみると、あら不思議、その後、Bさんと連絡を取る機会というものが、全く消滅してしまうのである。

この法則、男女はもちろんのこと、老いも若きも、自分が友人と思い込んでいる人間全てにおいて、この結果になったわけであるからして、となると、僕には友人と呼べる人間が一人も居ないということを意味するわけで、それによって、今では既に、「友人って何? それって旨いのけ?」くらいに達観してしまっているのである。

ただ悲しいかな、浅いお付き合いの人々からは、「友だち多そうですよねぇ」とか「人付き合いが上手いですねぇ」とか「人脈が多そうですよねぇ」などと妙な称賛を受けるので、いちいち否定するのも面倒臭く、「あはは、あはははは、そうですねえ、確かに多くございますわねえ」などと、薄ら笑いを浮かべながら返答もするが、それだけならまだしも、友だちと思い込んでいるような人間から、「お前とおるとオモロイわ!」などと、浪速のレゲエグループが謳う歌詞よろしくの称賛をいただいたりすることもあり、そうなってくると内心、「本心からそうやって称賛してくれてるんやったら、連絡の一つでも寄越してくれるはずやろ……」と、これまた疑心暗鬼に陥る始末。嗚呼、人間なんて、誰も彼も信用できないや。

そうやってすっかり捻くれてしまった結果、携帯電話の機種変更を行う際に、電話帳なるものを、新しい機械に移すということをせず、店員さんから、「電話帳のデータ移しましょうか?」と聞かれたときにも、「いいえ、結構です!」と、クラスメイトから勧められたドラッグをキッパリと断る生徒会長の如く、掌を店員の眼前に突き出し断り続けてきた。
機械的に電話帳を移すことがないので、新しく手にした携帯電話の電話帳は空っぽ。この世界との繋がりが、誰一人として、ない状態を意味する。これがまた気持ちいいんだ。
そうして空っぽの電話帳の中に、この人とは後世、何らかの理由で連絡を送る(もちろん向こうからはかかってはこないが)ことがあるかも知れないと予感させられる人々については、手入力で電話帳に移すという行為を、ここ7~8年続けているが、その数や、年々減少して行く。
これは人間関係を清算していると言うのか、縮小化していると言うのか、スリム化していると言うのか、やっぱり人間関係もエコの時代よね、はははん、電話帳の件数がどんどんと減っているわけである。
でも、そりゃ当然よね。毎年毎年、そのリストは精査されて然るべき。だって、今年も連絡送らなかったな、去年も一昨年も送ってなかったなって、毎年毎年記録を更新しているような人の連絡先なんて、保持してても何の意味もない。万が一、十年先までそいつの連絡先を温めておいて、いざそいつに連絡せねばならないような事態って、よっぽどの緊急事態なような気がして、そんな緊急事態なら、いっそ警察に電話したり、家の前の往来を行くおっさんに声をかけたり、インターネットの知恵袋的な掲示板に投稿したりなどするほうが、よほどの解決に至りそうな気もして、そうなってくると、尚のこと、それは不要、ということになり、削除削除。
今ではすっかり痩せ細った電話帳しかなくなっているという次第である。

ところが先日、仕事で鬱憤が溜まりに溜まり、身元引受人不在の感情が渦巻いてきたため、安酒、世に言うところの缶ビールを大量に流し込んで、おろろおろろと千鳥足で歩いているとき、何の衝動に駆られたのか、その痩せ細った状態の電話帳の中身を、さらに精査したらん! という感情が沸き起こってきたのである。
おもむろにスマートフォンを取り出した僕は、毎回毎回、機種変更を行い電話帳が精査された際にも、その厳正な審査の上、残ってきた精鋭たちに、鬼のようなふるいを加え、迷いのない指の動作と共に、シュンシュシュシュン、次々に消去していったのである。
「ええい、もうええわい、連絡を取るかも知らんって、何やねん。知らんって、何やねん。こっちは、取るかも知らんなんて薄い期待を積み残していたとしても、向こうは連絡を取る気なんざ毛頭無いんじゃ。それだけは明白な事実じゃろがい。それを、いつか取るかも知らんって、わしゃ乙女か! いらんいらん、こんなもん要らんのじゃい!」

結果的に、世の中で僕が能動的に連絡の取れる人間は、ほとんど居なくなってしまった。ががが、気持ち良い。
悦に入りながら、電車の到着を待っていると、やたらめったらリアルが充実してそうな男女二組が、ワイワイと甲高い声を上げながら、同じく電車を待つべく、僕の横あたりにやって来た。
なんじゃい、嫌味のようにワイワイやりやがって、やたらめったらリアルの充実感をアピールしやがってと、鬱蒼とした気持ちを抱いていると、その中の一人の男子が、あろうことか、僕の靴をふとした拍子に思いっきり踏みやがって、こんちくしょう、リアルがやたらめったら充実しているくせに、この我輩の靴までをも踏みやがるなんて下衆の極み、どついてやろうかしらと、その集団にグワッと目をやると、なんと、お連れ様の女子がどちらも、大層ブサイクなお顔をしていらっしゃって、なあんだ、リアルが充実してるってこんな程度か、こんなお顔の女子なんて、連れて歩きたくもないないわな。ぎゃははははと内心喜んでいると、電車が到着したので、ルンルン気分で乗り込んだ。
いいよいいよ、靴踏まれたくらいで僕は怒ったりしないよ、ふふふん、僕は器が大きいからねえ、そんなんでイライラしないよと、酔いも巡り薄ら笑いを浮かべていると、どうやら、下車せねばならん駅には停車しないタイプの急行電車に乗り込んでしまっていたらしく、降りねばならん駅を通過してから二十五分近くも無駄な旅を続けるハメになってしまったことは、少なくともリアルが充実している奴らだけには悟られまいと、ポーカーフェイスを続けてみた。

デタラメだもの。

201150719

歯医者の選定というものは、とても難しいものであるが、軽々しい判断は禁物。『デタラメだもの』

困ったことに、奥歯が疼き出した。
人間ってバカげたことに、歯が疼き出すと、「あっ、これはアカンやつだわ、これは確実にアカンやつだわ」と、その痛みの真の意味に気づきつつも、「でも、もしかしたら、今日一日限定で悪くなっているだけの歯のコンディションなのかも知れないから、深く考えなくてもいいかもよ」と、その不安を掻き消そうとする。
僕もそんな数多の人々の愚行を倣い、その痛みと向き合うことを先延ばし先延ばしにしていたものの、ついにアカン、豆腐を噛んでも歯が疼く、冷たいものがしみるのは当然のことだけれど、温かいものまでしみだす始末。

「これは、歯医者に行くしか他ない」と決断し、歯医者の選定に入るも、過去に、麻酔を効かせる場所を間違え、当の親知らず界隈は、神経が元気ビンビンな状態で、力ずくで親知らずを抜かれた経験、あろうことか、右も左も同様の医療ミスをされ、生死の境を彷徨った経験を持つ僕にとっては、歯医者選びは何よりも重要。
金は無いくせに時間も無いこの身分、土曜も日曜も金を稼がねば暮らして行けぬ経済状況だけに、平日はおろか、土曜だってマメに通える保証はない。

そんな折り、弟が通っていたという近所の歯医者が、日曜日もやっているという情報を入手する。
「日曜日もやってくれているのは心強い。時間の無い僕にはうってつけの歯医者だ。だって、通える日の選択肢が豊富なんだもの、日曜日もやってくれているんだったら」

そんな思いを胸に、インターネットでWebサイトを拝見し、おお、なんだかフリー素材の写真ばっかり使ってて、作られた演出を感じるなぁ、などと職業病を出しつつ、予約の電話をかけてみる。

「すみません。初めてなんですが……」

ひとまず、予約を取り付ける。しかし、一抹の不安が。
それは、受付の電話の女性の応対が、絵に描いたようなダメ受付のそれであり、愛想もなければ、どこかしら高圧的で、「お前、何様やねんボケッ!」と、心の中で呟いてしまうようなタイプのスタンス、そんな横柄な対応をされたもんだから、不安はムクムク。

しかし、こちとら、不安のムクムクよりも、歯のズキズキが耐えられず、皆の前で先生に怒鳴られた後の小学生の如く、テンションが下がった状態で日々を過ごしているのだ、ええい、受付なんて関係ない、愛想なんて関係ない、いざ出陣や。

自転車を医院の前に止め、緊張の面持ちのまま、自動ドアの前に立ち、ドアオープンのボタンをプッシュする。
ドアが開く、一歩を踏み入れる、中を見渡す。

「違和感……」

なんというのだろう、言葉でも文字でも表せないけれど、どこかしらに違和感を覚えた。
医院内はどことなく、インドア系のアミューズメント施設、もしくは繁華街にあるラブホテルを彷彿とさせ、ギラついた受付ブースの内部には、あきらかに品のない若い女性が二名。

「帰ったほうが良さそうな……」

そんな第六感が働くも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
名前が呼ばれるのを、椅子に座りながら待っていると、「お前、なんでそんな怒ってんねん?」と、心の中で呟いてしまうほど腹の立つ声が受付から飛んできた。「奥へどうぞ」、と。

待合フロアと施術フロアの境目は、あろうことか、民族雑貨屋で購入したであろう、大きなサイズのエスニックな布切れで仕切られていて、それをくぐって施術フロアに入ってみると、そこは受付フロア以上に、アミューズメント施設、もしくは繁華街のラブホテルの雰囲気が濃くなり、薄暗い照明、ライムグリーンの壁、無表情に蠢く大勢の歯科助手たち。

「いよいよ、帰ったほうが良さそうだぞ……」

オドオドとしている間に、これまたエスニックな布で仕切られた、薄暗く小狭いスペースに案内された。
待つこと、5分。一人の歯科助手がスペースに入って来て、問診っぽいことをし始める。
スペースが小狭いのと、問診の態度が横柄なのとで、えげつない圧迫感を感じて、何もかもが「近い、近い、近いねん!」と、今すぐにでも逃げ出したくなりながらも、無事、問診が終了。

既にフラフラに疲れきってしまった。帰りたい。歯の痛みなんて、耐えて耐えて耐え抜いてやるから、今すぐに帰してくれ。
施術フロアに名前を呼ばれた僕は、千鳥足の状態で、小狭いスペースを抜け出した。

どうやら僕の担当医は、泉ピン子似のおばさんのようだ。
言われるがまま、アホ面して口を開け、あちらこちらと歯を点検され、「じゃあ、レントゲンお願いします」の一声で、施術台から僕は立たされ、歯科助手に案内されるまま、先ほど通過したエスニックな布を再びくぐり抜け、受付フロアに舞い戻り、そこに設置されているエレベーターへと通された。

2階に上がると、そこは、無機質な宇宙船のようなフロア。
モノトーンの最先端機器たちが、所狭しと並べられている廊下を奥へと案内され、辿り着いたのは、突き当たりの撮影室。
またこれが、どう考えても最先端機器であろうレントゲン。
まるで見たこともない機器、形状、その姿形に、この機器で撮影されているシーンさえ想起できなかった僕は、思いつくまま、窪みに顎をはめ込もうとするも、「あっ、そちらは医院の人間の立ち位置ですので、逆側へご移動お願いします……」と、愛想のない指摘を受けた。そんなん、言うてもらわんと、分からんがな。
どうやら、医院のスタッフが作業する際に手を置く用の窪みに、顎を乗せて準備してしまっていたようだ。帰りたい。

レントゲンの撮影が始まる。
土星の輪っかのようなものが、僕の顔の周りを、円の軌道に沿って回る回る。
プシューッというスペーシーな音と共に回る土星の輪っか。近未来的な拷問を受けているような印象で、まるで、キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』の拷問シーンを頭に思い浮かべながら、レントゲンが終了する。

帰りはお前、来た道をそのまま戻るだけやから、分かるよな、一人で戻れるよな? と言わんばかりな態度で、「施術台にお戻りください」と促され、泉ピン子似を目指す。
施術台に戻った僕は、再び、アホ面して、大口を開けて、尖りに尖った器具で、口内をキュイーンキュイーンされるのであった。

ちなみに、その歯医者には2度通い、あまりに不安だったため、その後、歯医者を変更した。

「もう神経抜いてあるから痛くないからねー」と言われて施術を始められた瞬間、神経が残っていて、脳みそと背骨に稲妻のような激痛が走り、施術台の上で、しゃちほこのように反ってしまったこと。
そんな経験をしているにも関わらず、「次の治療は、さすがにもう神経ないから、麻酔なしで大丈夫だから」と言われるも、信用できるかいな、またしゃちほこなるんちゃうん……といった恐怖。これは後日、他院で治療を受けた際に、やはり神経の取り残しがあったことが判明する。
そして何より、受付の横柄な態度、予約を取ろうにも、「先生のスケジュールが」と言って、10日以上間を開けられそうになること。
先生は「神経の掃除だから、一週間と言わず、週に二度くらい来てもらってもいいから」と言ってくれたにも関わらず、受付でその旨を伝えると、「いえ、治療は必ず一週間の期間を開けた後でないと予約をすることはできませんので」と、ぶっきらぼうな態度で詰められたこと。

最終的には、その歯医者の口コミを見てみたところ、普通の虫歯の治療にも関わらず、歯茎の中に銀歯の破片を埋め込んだまま治療を終わらされ、その後、その破片を除去するために、大学病院に通い、歯茎を切り裂いて除去するという大手術を受けた人のコメントを読み、さすがに他院への通院を決めた。

もう、あの医院で僕がアホ面して、大口を開けることは、二度とないだろう。

『デタラメだもの』

201150705
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