デタラメだもの

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。エッセイです。

2013年04月

最近の便利さや技術には、なんだか怪奇なものを感じてしまう。『デタラメだもの』

それにしても、技術の進歩やら便利さやらには、ふた通りの対峙の仕方があって然るべきだと思うわけで。

「ついて行けない」のと「ついて行かない」のと。

圧倒的に違和感があることのひとつが、何やらよく分からんのですけども、電話の実物を手に持たず、顔面付近に近づけずに、電話するというもの。

あれは、ワイヤレスとかそんな技術で成り立っているのかしらん。まったく街中などでも、電話を顔面付近に近づけずに、まるでひとり言のように電話をしている人の多いこと多いこと。

車中なら分かりますで。運転中は電話しちゃダメなんやもんね。だから、ワイヤレスなりスピーカーなりで話をするっての、密閉空間やし、プライベートゾーンやから、そんな光景も理解できるというもの。

それが街中などで見かけると、めちゃ違和感。
パッと見、人目を気にせず、ひとり言を大声で話、ニヤニヤしたり笑ったりと、とても一般普通の所為とは思えない。
自己で感情の表現をコントロールできないような人間にさえ見えてしまう。

だって、信号待ちなんかで、黙って突っ立っていると、その刹那、いきなり隣の男性やら女性やらが、「マジでー!それ吃驚仰天じゃね?」などと、大きな声で話し始めるわけで、こっちは虚を衝かれ、ビクッとなる。

変な人が現れた…って。

んで、よくよく見てみたり聞いてみたりすると、それが電話をしているのだということに気づく。なーんだ、電話かいな、と思うのは思うけれども、その第一印象の奇妙さったら、やりきれない。

恐らく、便利さや時間短縮の名の下に、「それが現代のあるべき姿なんだよ」と理解納得させられそうなもんだが、そういう見た目の違和感を犠牲にしてまで、便利さを追求するというのが、なんとも解せない。

じゃあ何かい。

「今日は外が異常に暑いよね。こんなに暑いなら、その暑さを緩和するために、裸足で歩こうかい。見た目なんか気にしてらんないよね、暑さ緩和のためだもんね。裸足で外を歩こうよ」

なんて言って、人々が裸足でアスファルトの上を歩き出したりなんかしても、通気性の名の下、暑さ対策の名の下、理解納得せねばならんのだろうか。

というくらいに、ワイヤレスで電話をしてはる方の見た目は、奇妙で奇抜で違和感がある。それも、電話において、便利さや効率を考えるくらいの方なので、皆さん、それをやられる方は、衣服、つまりは、スーツなんかもビシッとして、いかにも、仕事できますよ風の方々ばかりなもんだから、その奇妙さに、ふり幅というスパイスまで効いて、尚のこと怪奇に見える。

そう、怪奇。

なので、私みたいな流行音痴、退化人間、昭和の名残りのような人間から言わせてもらうと、街中でワイヤレスで電話している様は、瞼横に、目ヤニではなく、鼻クソをつけながら、平静に過ごしていることよりも、よっぽど妙ですよ、と。

それはそうと、もうひとつ解せないのが、近頃では、打ち合わせや会議などをしている時に、ノートパソコンやらiPadやらをパチパチやられる、あれ。

あんなこと、いつから認可されるようになったの、マナー上。

さまざまビジネス本などで、そういう風情のことを指南されているだろうことは、よく分かる。
リアルタイムでクラウドに情報をあげろだの、共有ツールでシェアしようだの、いいね!いいね!しようだの、と。

で、これがいったい何なんだい?というと、この所為、特に若手の社員に多いように思うのだが、打ち合わせの刹那、一生懸命こっちがしゃべってる横で、目も合わせずに、キーボードをパチパチパチリ。

ふむふむ。といった態で、「俺、聞いてますよぉー、俺ちゃんと、アンタの言うこと聞けてますよぉー、ほんでリアルタイムで議事録作っちゃってますよぉー、俺、同時に出来ますから、安心してくださいよぉー、ちゃんと聞けてますから」感を出しながら、ノートパソコンのモニターに目を落とし続ける輩。

お前は、聖徳太子気取りかっ!

となる。

ほんで、さらにそういう刹那、腹の立つのが、こっちが一生懸命伝えますわなぁ、ほんで輩、ふむふむ頷きながら、ノートパソコンをパチパチやってますわなぁ、目も合わせず。
ほんで口を開くや否や、何を言い出すのかと思えば、

「あっ!ヤベ!入力するとこ間違えちった!すんません、今の、もう一回言ってもらっていいっすか?」

って、わしゃ再生ボタン押したら都合よく何回も同じことリピートできる機械ちゃうぞ、と。

知ってるんだ、知ってるんだ、そうやってみんな、便利さを享受しているようでいて、どんどんとその姿を怪奇なものへと変えていってしまってること、そして、それに気づいてもいないこと。

そうやってそれらを拒み拒みしているうちに、大衆がそれに迎合し、やがてそれが常識となり、

「あれ?お前、まだアレやってないの?」

なんて、やや見下したような眼差しで、哀れむように、檻に閉じ込められた動物を見つめるように、優しく冷たく、言い放ってくる輩が現れることは、容易に想像ができる。

「あぁ、あれね。もうやったよ。もうやってたよ。やり過ぎて、やりまくって、もう一周したわ。完全に飽きたわ。そういうスタイル、完全に飽きたわ。」

とか、ホザいてみようかとも思うけれど、負け惜しみ調のフレーズに取られたら、これ、やっかいなので、やはり他者とのコミュニケーションを引き続き、完全に遮断することで、そういった類の会話の機会をも消滅させてやろうかと。

デタラメだもの

20130428

「つまらん!お前の職場はつまらん!」と、故・大滝秀治さんに一喝してもらいたいものだ。デタラメだもの

『楽しいと楽しくない』これ、どっちがいいやろうか?
『面白いと面白くない』これ、どっちがいいやろうか?

こんなことも考えてしまうくらいに、職場がつまらん。なんだ、この覇気のなさは。閑古鳥が鳴くどころか、閑古鳥も踊り出す始末。

お葬式は厳粛な場だからこそ、みんな静かにして振舞う。図書館は寡黙に本を読み学ぶ場だからこそ、みんな静かにして振舞う。『静かに!』と貼り紙が出されている場だからこそ、みんなその指示に従い静かに振舞う。

職場。ここはなんだ?
お葬式でもないのに、静かだぞ。図書館でもないのに、静かだぞ。静かに!と書かれていないのに、静かだぞ。
何の規約に従って、何の教えに則って、ぼくの職場はこんなにもシーーーーーーンとしていて、静寂に包まれているのだ。精神と時の部屋かここは。

なぜ、ぼくの職場がこんなにも静かで暗くて面白みがなくて楽しくないかということを、少しばかりの仮説をもとに、ひも解いてみようと思う。

『全員、背中にピストルを突きつけられて「しゃべるな」と脅されている』という仮説。おっ。いきなり正解した感は否めないが、近いとこ突いてるんじゃないだろうか、俺。
確かに背中にピストル突きつけられて脅されちゃ、今の職場の静けさ根暗さも、理解できるというもの。きっとそうなのかもしれないな。どうりで、みんな背中に影が見えてる気がしてたんだよ。しかし、ピストルとは穏やかじゃないね。

『他人に興味がない』これも正解やろうな。皆さんご存知でしたでしょうか?他人に興味がないと、人と人って会話がなくなる。つまりは、その環境から会話が消えてなくなるんですよ。

そりゃそうだわな。他人がスーツを新調しようが髪型を変えようが、給料の使い道をどうしようが、大型連休にどこへ行こうが、結局、その相手に興味がなければ、何も聞くこともなければ、何も話すこともない。
その相手というのが、全員対全員になってしまえば、会話は消滅。あたりは沈黙。閑古鳥、踊り出す始末。

『社員全員に人間としての魅力がない』なるほど。たしかに、魅力がない人間に興味を持とうなんざ、思わないわな。

「休みの日に何してました?」
「特に何も」
「仕事終わってからは普段何してますのん?」
「特に何も」

と、こんな相手じゃ、二度三度と話しかけたくなくなりますわな。そういう原理で、魅力がない人の集団やから、相手への興味がなくなり、その果てに会話がなくなり、沈黙に支配され、閑古鳥が踊り出す。なるほど。

『社員全員が究極の内向的な性格』これ、大いにある。社会に出れば、少なからず社交的に振舞ったり、体外的な態度を取れたりといった、外向きのスキルも上がってきますわなぁ。
それで皆さん、コミュニケーション上手な方ばかり、と、一見思いきや、実はみんな超がつくほどの内向的な人間ばかりで、よう目見てしゃべらん、とかね。

『社員全員が人見知り』って、何年一緒に働いとんねん。

『社員全員がつまらん人間で且つ、自分の人生はつまらん人生でいいと思い込んでるつまらん人間たちの集まり』ということで、どうでしょう?

つまらん人間は自分自身の中身がつまらんので、つまらなくないものをたくさん知らないがゆえ、相手のエエとことか、引き出すべきとことかが、分からんために、会話が弾まんわけです。

その成れの果てが、つまらん人間が言う「あいつ、おもしろくないなぁ」って、お前がつまらん人間やから、面白さが理解できてへんだけじゃい!と、ラブレターにしたためて送りつけたくもなる。

何ゆえこんなにも愛の満ち溢れたことを書いてるのだろうと自分で思ってみると、もっと楽しく生きようぜ、ヘラヘラと生きようぜ、細かいことですぐに怒ったり怒鳴ったり、そない生産性のないこと繰り返してても人が萎縮して本来の力を発揮できやんようになるだけでっせと。そんな仏頂面してたら文殊様も知恵を授けてくれまへんでと。

そう職場に言ってあげたい、そう社会に言い放ってあげたいわけで。

とにかく、職場が静か過ぎて、やりきれない。職場内に響く音は、限定されてしまっている。電話の音。コピー機が印刷し紙を排出する音。インターホン。そして、自席から遠く離れた場所にあるフロア入り口で、普通の一般的なフロアなら聞こえてくるはずもないであろう、油圧式ドアの閉まる「プシュー」という切ない音。

以上。

僕たち私たちは、こんな職場で仕事をしています。
しています。
雑談することもなく、談笑することもなく。
こともなく。
背中にピストルを突きつけられながら、仕事をしています。
しています。
誰か僕たち私たちに、会話をください。
ください!

と、シュプレヒコール風に。

まぁ、そんなぼくは、事務所でも殊更に浮いた存在で、今だに誰とも馴染めずに、ひとり上手を続けている。
好かれよう好かれようと、媚びて下卑て生きているのにも関わらず、ひとり、そしてまたひとりと、こちらを嫌ってくる人間が増えてきたりして、世の中、社会、誠に全く理解ができません。

で、本題に戻ります。

私の職場は、しゃべらずはしゃがず、私語も雑談も、何もない、そんな人間の集まりなので、腹話術 いっこく堂さん、腹話術人形のパートナーを増やしたいときには、ぜひ我が社のスタッフを連れて行ってくださいませ。

せめて、腹話術でいいので、彼ら彼女らに会話を。

デタラメだもの。

20130421

どうも、いつまでたってもコミュニケーションが下手クソで辟易する『デタラメだもの』

そういや、キャバクラやクラブなど、ホステスさんがいらっしゃる類の店が、至極、苦手である。
もっというと、美容師さんも、苦手である。

その苦手な理由は明確にある。
それは、こちらと何やら会話していたとしても、別卓や別席から呼ばれたりなどすると、その会話の流れ、表情、雰囲気をブツリと断ち切り、「はぁーい」と向こう側のモードへと切り替える様を、眼前に見せつけられる瞬間に、興醒めするからである。

そりゃ、商売だから仕方ないんですけどね。

なので、キャバクラやクラブなどには、自分からは全く行かない。んで、誘われても、基本的には断る。果ては、誘われない雰囲気を醸し出す、そんな人付き合いを心がける。なぜなら、苦手だから、そこ行くの。

ぼくはそういったお店の魅力をよく知らないんだけれども、どのように楽しいのだろうか?疑似恋愛?でも、いろんな人に同じように接してはるんですよね?疑似恋愛をするのに、こちらはお金を支払い、疑似恋人は給料をもらってるんですよね?うーん、何かロマンがあるのだろうか?

たとえばそういうお店に行った場合、こんな会話になる。

「なんだか退屈そうね~?楽しくない?」
「はぁ、、、あんまり楽しくないですね」
「こういうお店には来ないの~?」
「はぁ、、、来ません」
「もういい年齢なんだから、こういうお店にも慣れないとね~」
「はぁ、、、」
「ほら、もっと盛り上がろうよ~」
「は、はぁ、、、」

そんな空間が気まずくて、タバコに火をつけようとすると、もちろんライターを差し出され火をいただくことになるが、

「あ、、、大丈夫です、自分でやりますから…」

んで、あまり進まないお酒。なので、グラスには大量の水滴が。それを見ると、咄嗟のサービスでそれを拭いていただくことになるが、

「あ、、、結構です…」

恐らくホステスさんたちは、それでも強固な笑顔を見せてくれてはいるが、内心では、

「この腐れガキャ!そんな不貞こい態度するなら、こんな店来るなや、ボケェ!誰かに連れてこられたんなら、もうちょっとは年相応の対応せいや、ガキャ!」

と。

ホステスさんたちは、とてもいい職業の方々だなぁと思っております。
彷徨う子羊のようなオッサン連中や、油田さながらに油ぎったオッサン連中などに対しても、麗しきサービスを差し上げ、常に笑顔を崩さず、愛想笑いを連発し、相槌を打ちまくり、すごく大変なお仕事だと思いますし、すごいなぁ、自分にはできないなぁと、いつも感心してしまう。
人々を楽しませるサービス、果ては、夢を見させるサービスってのは、本当にいいもんだなと、そういうお店にいても、冷静に状況を眺めてしまう自分がいるわけで。

とまぁ、同じような意味で、美容師さんとの対話も、非常に苦手である。

心にトラウマを抱える出来事が、二つ程度ございまして、それ以来、やはり私、美容師さん方々にも心を閉ざすようになってしまいまして。何かと言いますと。

ひとつめは、

「ときわさんって、たくさん音楽聴いてそうだから、お店にいらっしゃった時には、何がオススメか聞くの楽しみなんです。こんなこと聞けるの、ときわさんだけですからぁ~」

というフレーズに調子ブッこき、ペラペラとヘラヘラとニヤニヤと饒舌に音楽について語っていた時、その担当さんが違うお客さんのところに移動され、しばし別業務をこなしていらっしゃる際、ふと耳に聞こえてきたフレーズが、

「○○○さんって、どんな音楽聴くんですかぁ~?」

誰にでも聞いとるんかい!

と思った次第であります。

ふたつめは、

「ときわさんって、人の話を親身に聞いてくれはるから、何でも相談してしまいます。最近、○○な悩みがあって、真剣に相談してもいいでしょうか?」

そんな風に頼られたら、誰だって親身にアドバイスをして差し上げたくもなるもの。そうして、真剣に真面目にディープに、その方の悩みを理解し、いざアドバイス、アレコレと、こんな時はこんな風にしたらいいんじゃないだろうか?こんな時はこう言えばいいんじゃないだろうか?などと熱く語っている最中、ふと前面の鏡に目をやると、そこには、アシスタントと別のお客さんのカラーの色味について、小声で耳打ち合いながら話している姿が。

今、どんだけ真剣に考えて真剣に話してたと思ってんねん!聞いてなかったんかい!

そして、トドメは、絶対に聞いてなかったはずやのに、こちらに向き直るや否や、

「ですよねぇ。そういうの大事ですよねぇ。ありがとうございます!」

って、感謝される覚え、なし!

分かってるんです、分かってるんです、皆さま、一生懸命お仕事をされている最中の会話・対話であるから、こちらもそういったスタンスを理解し、まるでシャンソンを聴いているような軽やかさで、シャンゼリゼ通りをスキップしているような軽妙さで、ホステスさんにも美容師さんにも接するべきなんだ、きっと。それは重々承知しつつも、やはりハートブレイクしてしまう。

ホステスさんは、やはり女性ということもあり、苦手が幾重にも連なってしまい、まだまだ苦手なので、足を運ぶことはないが、美容師さんとは、最近では、楽しい対話を繰り広げている、担当さん、男の人やし。

こう開眼したわけさ。
担当さんが投げるかけてくる質問、それは自ずと、大量のお客様方に投げられるものと、同じものになる。それは仕方ない、日々、たくさんのお客様で繁盛していて、そうじゃなきゃ、お店、潰れちまうもんね。
だから、質問をされるのではなく、質問する側に回ること。

「小学生の頃のアダ名って、何でした?」
「一昨日、何食べはりました?」
「テーブルの角に、足の小指ぶつけたこと、何回くらいあります?」
「芸人だったら、ボケですか?ツッコミですか?」

など、誰もそんな質問しないだろうっていう質問をこちらから投げかけ、それに答える担当さん。恐らく、美容師人生に身を置く中で、そこで繰り広げられる対話の中で、聞かれたことないだろう質問に、やっぱり答えるの楽しそうにしてくれはりますし、そんなこと聞いてくる珍しいお客さんはこいつだけだってことで、他のお客様よりも饒舌に話をしてくださる。

これぞ、ギブアンドテイク。

そう思いながら、毎度毎度、髪型にも満足し、対話にも満足し、ニヤけ顔で美容院を後にするのである。

「あのお客さん、いっつも変なこと聞いてくるんだよ。いちいち答えるの面倒臭いけど、まぁお客さんだから仕方ないよね」

などと、スタッフ間で、陰口の的になっているかどうかは、あえて考えないようにする。
髪は切ってもらいたいが、関係まで断ち切られてしまっては、これ、少し問題だから。なので、その類の妙な詮索だけは、自分の中で、あえてカットしている。

20130406
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