デタラメだもの

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。エッセイです。

2012年08月

会社で上司に怒られた時に「デタラメだもの」

上司って生き物は、よく怒ってきますよね。

上司だけにとどまらず、会社というものはやはり営利団体であるがゆえ、利益を求めて動く生き物であり、その利益が、つまるところ、われわれの給料につながっているわけで。
で、その給料というものを駆使し、生き続けるためにメシを食ったり、水を飲んだり、時に衣類を買ったり、ごくごく稀に、気分転換やストレス発散に、アルコールを嗜んだりする。

あと、税金を投げ捨てたり、ね。

なので、会社にとって、利益に直結しない人間、もしくは、利益に直結している人間を、サポート、バックアップできない人間というのは、不要とされるわけですね。

今より以前は、各個人個人に対して、こいつはどれほど利益に直結しているか、もしくは、利益に直結している人間をサポート、バックアップできているかを、そこまで厳密に測られなかった時代も、あるはず。今と比べて。

ところが今や、国内での競争はもちろん、諸外国との競争は激化し、たとえば「これまでよりも値段を下げて売る」といった抵抗を用い、競争社会の中で、会社というものは生き残ろうとするわけです。

するとね、オートマチックに、給料、下がるわけです。

もしくは、労働時間が長くなるなど、労働条件は苛酷になるわけです。

どんどんと企業内のピリピリ、ストレスムードは激増し、常に「怒り」に到達するような、そんな精神状態で、みな勤務してるもんだから、そりゃ、利益に貢献しないヤツ、利益に貢献しない態度、そういったものを見るや否や、

「お前、死にたいんか?」

などと脅され、「いえ…。死にたくないです。」なんて答えようもんなら、「会社にいらん人間やから、死んでくれ、頼むから」などと、哀願され、懇願され、「は、はぁ…」なんてため息をつく。

もうね、こんな繰り返しなら、いっそ、デタラメに生きるしかないわけですよ。

会社でルンルンと生き残っている人間は、別に仕事ができるからとか、会社に多大な貢献してるからとか、そういった尺度だけ、ちゃいますよ。

単にね、その会社での生き残り方に長けてる人間ってだけの場合が多いです。

だからね、すでにね、もうおかしくなってしまってるわけです。

なので、あなたも、おかしくなってしまいましょう。
「お前、もっと利益を生めよ!」なんて怒鳴られた場合には、「ぼくは男性なので、出産機能を持ち合わせておりませんが、何か?」とつぶやいてみたり、女性の方であれば「このボンクラ!」などと言われた場合など、「ボンクラって卑猥な言葉ですよね、幼稚園で習いました」などといって、もういっそ、逆なでちゃいましょう。

これ、いわゆる、火に油を注ぐってやつですよね。

でもね、でもね、変わらぬ現状、繰り返す現状を打破するためには、いったん何かを壊しましょう。ぶち壊してやりましょう。長淵剛も歌っていましたよ「希望がいつもガラス細工なら、壊すことから始めてみようか」と。

で、最終的に、激高され、罵声を浴びせられ、怒号のシャワーを浴びまくり、すっきりした後に、缶ビールなんか片手に、「デタラメだもの」なんて、つぶやいてみましょう。

「今を生きる」なんてカッコいいことはできないにしても、「今を"適当に"生きる」ってことくらいは、できるかも。
人間、リラクゼーションは必要です。

デタラメだもの。

20120814

デタラメ力で、このデタラメな世を渡る。デタラメだもの。

今のこの時代、とても強く思うわけです。

「デタラメ力」が必要だな、と。

相田みつをさんが云う「人間だもの」。
そうですよね、ぼくも何度もその言葉に救われたり、苦難や苦境に襲われても、「人間だもの」のひとことに、弱さを認めることができたり、自分の情けなさとうまく付き合うことができたり、そうすることで、重荷から解放され、スルリユルリ、かわせてきた人生の諸問題も多くございます。

がしかし、今の世の中、どうでしょう?

などと、まずは人並みに浮世を憂いてみる。
弱さを認めたり、自分の情けなさとうまく付き合っていくことで、日々迫り襲いくる諸問題モロモロを、ダマシダマシ、過ごしていくことなど、できましょうか?

無理。ムリ。むり。

なので、こう思うわけです。
「デタラメだもの」精神が必要なんじゃないかって。

現実的な問題でいうところの、不景気やら、低賃金やら、就職難やら、なんやらかんやら。
もっと現実的な話でいうところの、○○率が0.1パーセント改善されたので、景気が上向いています。は?なにそれ?それが0.1パーセント改善されたら、本日の夕食の小鉢、つまりはオマンマの数が一品増えるとでもいうのでしょうか?その違和感、みなさん、感じてませんか?

まぁ、ぼくたちわたしたちも、そんな0.1パーセントの数字に期待に身をあずけきるほど、夢追い人じゃございません。なめてもらっちゃ困ります。なので、はなから0.1パーセント改善なんてフレーズには、すがる気なんざ、ございません。

また、こんなフレーズも。

「今夏の企業のボーナスが○万円アップ!」はぁ?ボーナスなんか、そもそもないんですけど。ないもの、アップもクソもないんですけど。そのフレーズ、誰に向けて誰が得するフレーズなんでしょう?受け手がいない情報発信、あらまぁ、電波、紙面のムダ使いじゃございませんか。

結局、企業が潤うように国が施策を講じたり、補助金を出したり、なんやらかんやら、そんなことして企業が潤ったとしても、末端の従業員にその潤いが行き届くかなんて、誰も見届けちゃくれません。

企業の方針で、ボーナス出さん、決められた日にゃ、われわれド庶民のお財布事情は、なんら変わることなく、キュウキュウキュウキュウと、お札も小銭も入っとらんのに、まぁ息苦しそう。

税は上がる。まったく、ひどいぜぃ!年金の不安は増す。ほんと、閉口します。将来の保証なんて、ない。まったく、お父ちゃんは情けないよ、娘っこよ。こんな下らないダジャレしか、ほんま、よう言えません。

だから、提唱したいわけです「デタラメだもの」精神。

もういっそ、生きてて降りかかる難問・難題、みな、デタラメに捉えて、デタラメに処理して、デタラメに生きていこうじゃありませんか?

これまで若者は、反抗という名の武器で、抗い、自己を主張し、時に押し通し、時に押しつぶされてきた。

が、しかし、今の世の中、反抗しても、どうにもなりません。相手が巨大過ぎます。親に歯向かって、我が道を貫き通してみたところで、社会という名の、世間という名の、お国という名の、超巨大な障壁が、ぶっ潰しにやってきます。

ならば、華麗にかわそうじゃないですか。かわしながら生きていこうじゃありませんか。

そんな、かわしながら生きる術、それを支える力、それこそが「デタラメ力」であり、それに根付く精神を「デタラメだもの」精神と呼んでしまっても、何ら問題はないのではないでしょうか。

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