それにしても、人間観察というのは、少々厄介な悪趣味だ。
自分も性格上、人間観察というものを、暇さえあればのツールとさせていただいてはいるものの、あれは非常に厄介だと思う。
観察はいいんだ、観察は。だって、人間という生き物は、それぞれ皆、特異で、興味の対象となるのも頷ける。だから、そんな旨みのあるものを観察するなとは言わん、やり方の問題なわけである。
飲食店でゆったりとご飯などを頬張っていると、ふと視線を感じることがある。さぁ、始まった、やり方の誤った人間観察。
連れ合いと食事に来たものの、自分だけが先に飲食を済ませてしまい、手持ち無沙汰になってしまったのか、やたらめったら、あちらこちらの人間に視線を投じる輩がおる。
視線というものは、人間に備わった第六感によって、意外と感じ取ってしまうものなんだよ、そこの輩。おい、そこの輩。
輩にとっては、何気なく、ぼう、っと人間を眺めているだけなんかも知らんが、こちらからしたら、目の前の食材を美味しく召し上がることに命を懸けて、誠心誠意、箸を流麗に動かしつつ、お上品に御膳を召し上がっているところだっつうのに、輩の視線が気になって気になって仕方がないじゃあ、ないか。
えげつなく酷いケースがあった。
たまたま入った飲食店が、一人ぼっちはもちろんのこと、ファミリーもいれば、カップルもおるような風情の店。
通例通り、誠心誠意、箸を流麗に動かしつつ、お上品に御膳を召し上がっていたところ、少しく離れた席に座っていたカップルの女、まだ飲食中ともあろうに、人間観察をおっぱじめやがった。
普通、人間観察と言やぁ、数多の興味と共に、視線も移動していくもんだが、その輩ときたら、こちらにほぼ固定的に視線を投じてきやがる。
さすがに、ぐぬぬ、と我慢も限界に来たため、じゃあこちらもチラリ刹那、輩のほうを睨んでやり、無言の抵抗と、拒否反応と、てめえのやっていることがどれほどに悪質かということを教授するという教育行為に出てやらんと思い、眉間に皺を寄せながら、目をやってみた、輩のほうに。
するとどうだ、輩、ビクともしない。
こちらはそもそも、輩に対しては何の興味もないどころか、むしろ、教育的観点から眉間に皺を寄せつつ、視線を投じたに過ぎないため、輩がビクともしないことを確認した刹那、すぐに目の前の御膳に視線を戻した。
なんじゃあ、こいつは、ふてぶてしい。
輩の人間観察、しかも、こちらに対してロックオン的な人間観察は尚も続く。
イライラがピークに達しながらも、雑念に乱されながらの飲食では、目の前の御膳に大層失礼だと気を落ち着かせつつも、敏感な自分は、あることを邪推してしまう。
その飲食店は、数多あるおかずをセルフサービスよろしく、自分で盆の上に取りやり、その独自のラインアップによって、レジで会計をしてもらうというタイプのもの。
ということは何か、僕が取りやった盆の中身が酷くケッタイだったため、その輩は、そのラインアップを誹謗中傷するが如く、観察をしてやがるということか?
「こいつバカじゃね? 小鉢取り過ぎてね? こんなしょぼくれた大衆食堂で、和洋折衷楽しもうとしてね? 貧乏根性丸出しじゃね? しかも、この店で一番旨いとされている、鯖の味噌煮を取ってやがらねえよ、モグリかこいつ? キモくね?」
と、心の中で罵倒しながら、こちらに対して人間観察の視線を投じているのではなかろうかと、一抹の不安を覚えた僕は、箸の捌きに流麗さを欠き始めながらも、いかんいかん、輩なんぞに心中を掻き乱されてしまっては、まるで私が小者のようではないか、ええい、飲食に集中せい。
にしてもこいつ、どれだけ、ぼう、っと、こっちを眺めてきやがるんじゃい。
あまりにも腹が立ったので、今一度、眉間にフルで皺を寄せながら、輩に視線を投じてやった。きっと僕の眉間のシワに擬音をつけるならば、ガルルルルル、だったはずだ。
しかし輩、今一度のガルルルルルにも、ビクともせず、並の人間観察人間なら、対象となる人間からの逆視線、いわゆる、見ている人から見返されるという状態に陥った場合、刹那に視線を外し、「ふふふん、別に何も見ていませんでしたわよ、本日のお献立を何にしようかと、お脳みその中で、お献立をおイメージしておりましただけよ、はははん。周りのお人々なんかには興味ござーませんのよ、ぬふふふん」と、弱気にも真空を見つめ直したり、指先をモジモジとイジくってみたりするものだが、この輩だけは違う、一切視線を外そうともしやがらない。
ぐぬぬ、二敗目。
そのうち、カップルのうちの男のほうに対して、怒りが沸いてきた。
「おい、お前の恋人、どうかしてるんとちゃうか? 飲食店にお前と二人で来ているにも関わらず、しかもまだ飲食の途中だってえのに、飲食も放ったらかして、人間観察始めとるぞ。お前の求心力、大丈夫か? 恋人はお前にちゃんと惚れてくれてるのんけ? というか、お前の恋人やろがい、ちゃんと管理せいや! お前の恋人が今こうして、箸を流麗に動かしながら、目の前の御膳を誠心誠意召し上がろうとしている中年男性の飲食タイムを邪魔せんばかりか、箸の流麗さを欠いてしまうほど、その楽しみを阻害してくれとんねん、恋人の過失はお前の過失でもある。男やったら、「おいおい、俺だけを見てろよ」なんて、歯の抜くようなキザな言葉でもって、恋人の意識を自分に集中させ、真っ当な生き方のできる人間に矯正せいや、ワシに今、吹き矢を持たせたら、確実にお前の恋人の額に向けて、一息に矢を吹き飛ばすぞ、それくらいに腹が立っとるんやぞ、「おい、何見とんねん、このボケ!」と言うたろか、そちらに向かって。なぜ、それをやらんのかって? それはなぁ、カップルで飲食店に来とるということは、きっとデート中か何かやろう、そんなハッピーなデートを、こんな薄汚れた中年の一喝で、ブチ壊したったら可哀想やろうという慈悲深い気持ちから黙ったってんねん。できればこの飲食店を出た後も、ハッピーにデートの続きを楽しんでもらいたいと願う器の大きさからくる優しさが、そうさせとるねん。頼むから男よ、お前の恋人を管理したってくれよ……」
と心の中でぼやきながら、期待を託すべく、男のほうに目をやると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
なんと男、スマートフォン片手に飲食しとるではないか。
自分の恋人が飲食そっちのけで、わけのわからん方向に気もそぞろ、視線をフラつかせてる間、男の視線はスマートフォンに釘付けになっとるやんけ。
あかん、日本、あかん。政治家も、マイナンバーの導入とか、金、金、金、金のことばっかり考えていないで、若者たちがこういった輩に育たぬよう、教育、育成の方向に力を入れるべきだぜ、きっと。
こんな輩を相手していては、せっかくのランチタイムを無駄にしてしまうと諦め、不貞腐れた素振りで、輩たちに思いっきり背中を向けるように、グワッと身体の方向を転換させた。
すると、斜め向かいに座っていた、ほぼパンチパーマのおばさんと思いっきり目が合ってしまい、「何やの? この中年。アタシに因縁つけてきやがって。気色悪いわぁ……」と、まるで害虫を見るような目で蔑まされてしまう始末。
八方塞がり、四面楚歌状態になった僕は、すっかり箸の流麗さも失い、雑念に時間を費やしてしまったがために放置された鮭の塩焼きを、ぶっきらぼうに頬張ると、喉の奥に鋭い痛み、骨、刺さった。そんな時に限って、茶碗の中には、白米なし。あかん、白米、おかわりして来なければ。白米をかき込んで、骨を蹴散らさねば。
茶碗を持ち上げ、慌てて立ち上がった瞬間、「こいつ、どんだけ白米好きなんだよ? そんなに慌てておかわり行かなくても、誰も取らねえっつうの。卑しいにも程があるわ」といった誹謗中傷の声が、脳内に突き刺さった。鋭い痛み。
デタラメだもの。
自分も性格上、人間観察というものを、暇さえあればのツールとさせていただいてはいるものの、あれは非常に厄介だと思う。
観察はいいんだ、観察は。だって、人間という生き物は、それぞれ皆、特異で、興味の対象となるのも頷ける。だから、そんな旨みのあるものを観察するなとは言わん、やり方の問題なわけである。
飲食店でゆったりとご飯などを頬張っていると、ふと視線を感じることがある。さぁ、始まった、やり方の誤った人間観察。
連れ合いと食事に来たものの、自分だけが先に飲食を済ませてしまい、手持ち無沙汰になってしまったのか、やたらめったら、あちらこちらの人間に視線を投じる輩がおる。
視線というものは、人間に備わった第六感によって、意外と感じ取ってしまうものなんだよ、そこの輩。おい、そこの輩。
輩にとっては、何気なく、ぼう、っと人間を眺めているだけなんかも知らんが、こちらからしたら、目の前の食材を美味しく召し上がることに命を懸けて、誠心誠意、箸を流麗に動かしつつ、お上品に御膳を召し上がっているところだっつうのに、輩の視線が気になって気になって仕方がないじゃあ、ないか。
えげつなく酷いケースがあった。
たまたま入った飲食店が、一人ぼっちはもちろんのこと、ファミリーもいれば、カップルもおるような風情の店。
通例通り、誠心誠意、箸を流麗に動かしつつ、お上品に御膳を召し上がっていたところ、少しく離れた席に座っていたカップルの女、まだ飲食中ともあろうに、人間観察をおっぱじめやがった。
普通、人間観察と言やぁ、数多の興味と共に、視線も移動していくもんだが、その輩ときたら、こちらにほぼ固定的に視線を投じてきやがる。
さすがに、ぐぬぬ、と我慢も限界に来たため、じゃあこちらもチラリ刹那、輩のほうを睨んでやり、無言の抵抗と、拒否反応と、てめえのやっていることがどれほどに悪質かということを教授するという教育行為に出てやらんと思い、眉間に皺を寄せながら、目をやってみた、輩のほうに。
するとどうだ、輩、ビクともしない。
こちらはそもそも、輩に対しては何の興味もないどころか、むしろ、教育的観点から眉間に皺を寄せつつ、視線を投じたに過ぎないため、輩がビクともしないことを確認した刹那、すぐに目の前の御膳に視線を戻した。
なんじゃあ、こいつは、ふてぶてしい。
輩の人間観察、しかも、こちらに対してロックオン的な人間観察は尚も続く。
イライラがピークに達しながらも、雑念に乱されながらの飲食では、目の前の御膳に大層失礼だと気を落ち着かせつつも、敏感な自分は、あることを邪推してしまう。
その飲食店は、数多あるおかずをセルフサービスよろしく、自分で盆の上に取りやり、その独自のラインアップによって、レジで会計をしてもらうというタイプのもの。
ということは何か、僕が取りやった盆の中身が酷くケッタイだったため、その輩は、そのラインアップを誹謗中傷するが如く、観察をしてやがるということか?
「こいつバカじゃね? 小鉢取り過ぎてね? こんなしょぼくれた大衆食堂で、和洋折衷楽しもうとしてね? 貧乏根性丸出しじゃね? しかも、この店で一番旨いとされている、鯖の味噌煮を取ってやがらねえよ、モグリかこいつ? キモくね?」
と、心の中で罵倒しながら、こちらに対して人間観察の視線を投じているのではなかろうかと、一抹の不安を覚えた僕は、箸の捌きに流麗さを欠き始めながらも、いかんいかん、輩なんぞに心中を掻き乱されてしまっては、まるで私が小者のようではないか、ええい、飲食に集中せい。
にしてもこいつ、どれだけ、ぼう、っと、こっちを眺めてきやがるんじゃい。
あまりにも腹が立ったので、今一度、眉間にフルで皺を寄せながら、輩に視線を投じてやった。きっと僕の眉間のシワに擬音をつけるならば、ガルルルルル、だったはずだ。
しかし輩、今一度のガルルルルルにも、ビクともせず、並の人間観察人間なら、対象となる人間からの逆視線、いわゆる、見ている人から見返されるという状態に陥った場合、刹那に視線を外し、「ふふふん、別に何も見ていませんでしたわよ、本日のお献立を何にしようかと、お脳みその中で、お献立をおイメージしておりましただけよ、はははん。周りのお人々なんかには興味ござーませんのよ、ぬふふふん」と、弱気にも真空を見つめ直したり、指先をモジモジとイジくってみたりするものだが、この輩だけは違う、一切視線を外そうともしやがらない。
ぐぬぬ、二敗目。
そのうち、カップルのうちの男のほうに対して、怒りが沸いてきた。
「おい、お前の恋人、どうかしてるんとちゃうか? 飲食店にお前と二人で来ているにも関わらず、しかもまだ飲食の途中だってえのに、飲食も放ったらかして、人間観察始めとるぞ。お前の求心力、大丈夫か? 恋人はお前にちゃんと惚れてくれてるのんけ? というか、お前の恋人やろがい、ちゃんと管理せいや! お前の恋人が今こうして、箸を流麗に動かしながら、目の前の御膳を誠心誠意召し上がろうとしている中年男性の飲食タイムを邪魔せんばかりか、箸の流麗さを欠いてしまうほど、その楽しみを阻害してくれとんねん、恋人の過失はお前の過失でもある。男やったら、「おいおい、俺だけを見てろよ」なんて、歯の抜くようなキザな言葉でもって、恋人の意識を自分に集中させ、真っ当な生き方のできる人間に矯正せいや、ワシに今、吹き矢を持たせたら、確実にお前の恋人の額に向けて、一息に矢を吹き飛ばすぞ、それくらいに腹が立っとるんやぞ、「おい、何見とんねん、このボケ!」と言うたろか、そちらに向かって。なぜ、それをやらんのかって? それはなぁ、カップルで飲食店に来とるということは、きっとデート中か何かやろう、そんなハッピーなデートを、こんな薄汚れた中年の一喝で、ブチ壊したったら可哀想やろうという慈悲深い気持ちから黙ったってんねん。できればこの飲食店を出た後も、ハッピーにデートの続きを楽しんでもらいたいと願う器の大きさからくる優しさが、そうさせとるねん。頼むから男よ、お前の恋人を管理したってくれよ……」
と心の中でぼやきながら、期待を託すべく、男のほうに目をやると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
なんと男、スマートフォン片手に飲食しとるではないか。
自分の恋人が飲食そっちのけで、わけのわからん方向に気もそぞろ、視線をフラつかせてる間、男の視線はスマートフォンに釘付けになっとるやんけ。
あかん、日本、あかん。政治家も、マイナンバーの導入とか、金、金、金、金のことばっかり考えていないで、若者たちがこういった輩に育たぬよう、教育、育成の方向に力を入れるべきだぜ、きっと。
こんな輩を相手していては、せっかくのランチタイムを無駄にしてしまうと諦め、不貞腐れた素振りで、輩たちに思いっきり背中を向けるように、グワッと身体の方向を転換させた。
すると、斜め向かいに座っていた、ほぼパンチパーマのおばさんと思いっきり目が合ってしまい、「何やの? この中年。アタシに因縁つけてきやがって。気色悪いわぁ……」と、まるで害虫を見るような目で蔑まされてしまう始末。
八方塞がり、四面楚歌状態になった僕は、すっかり箸の流麗さも失い、雑念に時間を費やしてしまったがために放置された鮭の塩焼きを、ぶっきらぼうに頬張ると、喉の奥に鋭い痛み、骨、刺さった。そんな時に限って、茶碗の中には、白米なし。あかん、白米、おかわりして来なければ。白米をかき込んで、骨を蹴散らさねば。
茶碗を持ち上げ、慌てて立ち上がった瞬間、「こいつ、どんだけ白米好きなんだよ? そんなに慌てておかわり行かなくても、誰も取らねえっつうの。卑しいにも程があるわ」といった誹謗中傷の声が、脳内に突き刺さった。鋭い痛み。
デタラメだもの。